春まだき

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 芭蕉が詠んだ句に、次のような俳句があります。

 櫻がり きどく(奇特)や日々に 五里六里

 日本列島、電車に乗っても、バスに乗り換えても、山にも里にも、桜前線が北上して、樺太に至るまで桜が順次満開中です。山の木々の間や麓の林の中や路側や小学校の校庭の隅に、桜が見られます。雪の残る「平家の落人部落」では、これからの様でしたが、帰路の東武鬼怒川線も日光線も、車窓から満開の桜を見ることができました。

 芭蕉の頃にも、桜狩りは人気だったのでしょう。旅の途中、奈良の吉野山を、桜咲く時季に訪ねたのでしょうか、人は五里も六里も、咲く桜に誘われて逍遥して、観桜を楽しんでいました。そんな人たちが、桜を追いなら、いつの間にか遠くに行ってしまって、その疲れを《花疲れ》と言うのでしょうか。

 豊かな水資源を、宇都宮市、茨城県、千葉県などに、「都市用水」として供給するために、また地域の洪水対策にのために建設されたのが、「湯西川ダム」、「五十里(いかり)ダム」です。小雨の中を、バスの車窓から、その美しい湖面を見ることができました。でも、まだ少し早いのでしょうか、山肌にポツンポツンと咲く桜花は見ることができませんでしたし、山里にも、まだ桜の開花は早かったのです。

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 花を見たわけではなかったのですが、『泊まっておいでの宿の湯は、湯西川でもとても良いんです!』と、蕎麦屋の女店主に言われて、早朝5時に散歩に出かける前に一度、午前に一度、午後に一度、夕食後に一度と、温泉を楽しんで、電車に揺られて帰ってきたら、めずらしく頭痛に見舞われてしまい、夕食後、早々と床についてしまいました。

 頭痛持ちでない私にも、ズキズキと一息ごとに痛みがやってきて、夜中の2時ごろまで眠れませんでした。そのうち痛みが引いたのでしょうか、朝まで眠ることができ、定時の5時半に起床したのです。寝る前、玄関の棚に、獨協医科大学病院の診察券と、健康保険証を用意し、『酷い鼾(いびき)がしてきたら、救急車を呼んでね!』と家内にお願いしたのですが、使わずにすんでしまいました。父が、脳溢血で召されたので、父似の自分ですから注意したのです。

 湯西川の瀬音、鳴く鳥の音、梢を揺する風の音ばかりを聴いて、好い音を聞き過ぎたのかも知れません。帰栃して街中の音についていけなかったのでしょうか、初めての頭痛体験でした。春先の《花疲れ》、いや〈湯当たり〉だったかも知れません。

 春まだき うぐいす鳴きて 平家の野

 桜なき 湯西の里に 花疲れ

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