.
.
曇りの朝ですが、蒸し暑く感じられます。今日は、家内の通院日で、友人が車で迎えに来てくれます。感謝でいっぱいです。車で30分、隣りの壬生町にあります。かつて壬生氏の所領地で、城跡も残ったり、豪族たちの遺構もあって、北関東の古い街です。京都にも同じ、壬生があります。
.
日: 2019年7月25日
甘え
.
.
〈◯◯自慢〉、力の強い人は〈力自慢〉、我慢強い人は〈我慢自慢〉、盆栽の世話上手は〈盆栽自慢〉と言うのでしょうか。自分には、何か自慢できる物や事があるのか、考えを巡らしていますと、いくつか出てきました。育ての責任のない孫が、水泳大会で活躍し、野球のピッチャーで三振を取り、試験で100点を取り、絵画展で表彰されたりされたと聞くと、〈マゴ自慢〉している自分がいます。
それも、人に言ったりしないで、秘かに思っているだけです。まあ自分も例外なく、〈マゴバカ〉なのが分かります。今朝、30分ほどの所に出掛けている間に、娘から “ FaceTime ” の電話があったのだそうです。夏休みに、兄が参加した倶楽部のキャンプで、娘が皿洗いの奉仕をしたのだそうです。その奉仕振りを見ていたリーダーから、『アニーはリーダシップがあっていい。将来・・・』と褒められたと言ってきたそうです。
父親にあまりほめてもらえなかった娘は、自分の〈子自慢〉をし、ババは〈マゴ自慢〉をし、その話を聞いたジジも〈マゴ自慢〉を重ねています。褒められる事が、ほとんどなかった私も、孫が褒められていると聞いて、ちょっと羨ましくなってしまうのです。私には関係がないのですが、もし褒められたら、《有頂天にならない事》なのだそうです。
褒められなかったのですが、〈煽てられた事〉が、かく言う私のはよくありました。そして〈有頂天〉になっては、転がり落ちて鼻っ柱をへし折られる経験を繰り返してきたのです。
さて自慢話ですが、もう一つあります。肺炎になって、死ぬ経験を何度かした私は、小学校三年くらいまでは病欠児童でした。それで、死なせまいと母は、私をかばいながら、隣街の国立病院や、国家公務員共済組合病院に連れて行ったのです。決まって、錠剤や水薬をもらって帰って来て、朝昼晩と、枕元に置かれた薬を飲んだのです。いやって言うほど飲んでいました。
それででしょうか、元気になってからは、腹痛とか頭痛などで苦しむことはほとんどなく、薬を飲まなくなったのです。大人になっても、薬嫌いもあり、健康になったのでしょうか、薬はほとんど飲みません。実は私は、長く〈薬を飲まない自慢〉でした。兄達も友人たちも、決まった薬を飲んでいるのに、自分は飲まないできたのです。
ところが、血圧が高くなって、町医者にかかったのです。それから、飲むべきを、飲み忘れてては思い出した時に、飲むを繰り返していました。ところが高血圧が180になって、ちょっとふらついてからは、処方された薬を、毎朝食後の一錠を飲み始めて、今日までの4週、きっちりと飲んだのです。
もう〈薬飲まない自慢〉ができなくなってしまいました。エコー検査と血液検査で、脂肪肝と高中性脂肪が見られるとかで、今日、掛かりつけの医師から、〈甘い物禁止令〉を下されてしまいました。こちらの駅前の団子屋の「かりんとう」が美味しくて、つい手が出てしまうのですが、「糖尿病」になりたくなから、『やめよ!』と言われて帰って来ました。団子屋の前の道を避けての帰宅でした。これで、〈普通の人〉になったのでしょうか。
そう、マゴたちの成人式や、結婚式を見届けるまで、生きようと思い始めている、この頃です。でも、「かりんとう」が、もう食べられない “ アーア!” の夕べで、〈月一〉くらいいいかなの甘えた私です。
.