追憶

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 小学校に通った街に、大きな工場が何社もあったからでしょうか、旧国鉄線の引き込み線があって、原材料や製品の上積み下ろしが行われていた関係で、そこに止まっている貨車などで遊んでいました。また「保線区」の作業所なども、近くにあって、そこに出入りするのを、子どもなのにl許されていましたから、まだそんな呼称のない頃の「鉄道フアン(鉄チャン)」の端くれでした。踏切の遮断機の上げ下ろしもさせてもらった、そんな子ども時代がありました。

 上の写真は、かつて日本の技術力や開発力の粋をこめて作られた「特急あじあ号」を牽引したのが「パシナ形機関車」でした。次は、やがて諏訪や岐阜県下から名古屋に至る中央線の多摩川鉄橋を渡った機関車です。そして、東武鉄道の蒲生駅で最後運行を記念した機関車です。さらに、小山から高崎に至る両毛線の途中駅の栃木」を走った列車です。そして一番下は、母のふるさとに帰る山陰本線の余部鉄橋を渡る蒸気機関車の雄姿です。

 年を重ねたせいでしょうか、nostalgie を感じてしまう令和の代(よ)です。鉄路の上を、煤けた汽笛の音と蒸気の発する音と車輪の金属音で引いた列車で、何百万、何千万、何億もの数えきれない人と物を運んだ蒸気機関車の古写真です。出雲に行ったのも、東京に越して行ったのも、立川から五日市に行ったのも、『ポーッ!』と鳴らしながら、ゴトゴトと言いながら走り継いだ機関車でした。

 ここでは、週末に限って、東武鉄道の鬼怒川線、真岡(もおか)鉄道線(JR水戸線の下館と茂木を運行)で、蒸気機関車を走らせているようです。コロナ騒動が少し落ち着いたら、出掛けてみたいなと思っているのです。煤(すす)の匂いは、鼻腔が覚えているでしょうか。「鉄道員(ポッポ屋)」で機関手を演じた高倉健が、「テネシー・ワルツ」を口笛で吹いていたのも、そのもくもくした煙と煤の中でした。

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こう言った写真を見ていると、蒸気や煙が目の裏に浮かんでまいります。ジェームス・ディーンが演じたキャルのお父さんが、キャベツを大都会に出荷した時に、それを運んでいたのも、蒸気機関車でした。何かの理由で、キャベツの出荷できなくなってしまって、大損をしましたが、キャルが大豆の取引で儲けて、お父さんを助けようとしていました。また離婚した母親のいる街に、貨車の天井の上に乗って、無賃乗車の汽車も、蒸気機関車が牽引していました。懐かしい場面です。

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