思わされていること

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広島市安佐北区の防雨による土砂災害が大きく報じられています。その被害の大きさに驚き、現地の被災者のみなさんのことを思ったりしております。想像を超えるような規模の積乱雲が波状攻撃のように襲いかかって、夥しい量の雨を降らせたのが、気象的な原因だと伝えていました。このような気象現象が、最近起こっていて、各地に被害をもたらせているようです。

シンガポールで海を見たり、空を仰いだりして、ゆっくりと自然界に目を向けて、二週間ほどを過ごしました。海から立ち上る水蒸気が雲を作って、それが冷却されて落ちてくるのが雨なのだそうですが、雲の量と言うのでしょうか、厚さと言うにでしょうか、幾層にも幾層にも空全体に雲が広がってい他のに圧倒されたのです。

赤道直下の海面からの水蒸気で作られた、あの雲が移動して、雨をもたらしたり、台風などを誕生させるのでしょうか。広島の防雨のニュースを聞いて、あの雲の量を思い出したのです。梅雨前線が残っていて、それを刺激しているのだと、気泡予報士が言っていましたから、様々なことが重なって、異常気象になるのでしょう。

ここ中国のある地域でも、同じような異常降雨量を記録しているそうです。この何年か、地球規模で、気象が異常を来たしているのですが、あの「ノアの箱舟」の話が、創作物語などではなく、実際にあった史実なのではないかと思わされてまいります。このままで行きますと、どれほどの量の雨が降り、どれほどの速度のか風が吹き荒れ、どれほどの震度の地震が起こるのか,予測が立ちません。

人間の心の荒廃が,自然界を荒ぶらせているのではないかと思ったりしています。人の道徳的な法則と自然の大法則と、相関関係があるのではないかと考えさせられているのは、私だけでしょうか。あの佐世保の少女の犯罪を考えていて、ごく普通に生活をしている中から、こう言った事件が頻発することのないようにと、切に願わされております。人そのもの人の心の保塁、防波堤、避難所である<家庭>が、本来の機能を失なわれているのではないかと思わされるのです。ノアの時代に、社会や人の内側に、何が起こっていたのでしょうか。

(写真は、WMによる「積乱雲」です)1