思いっきり輝いていた夏

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 『ミーン、ミーンミーン!』、元気、いや暑苦しい鳴き声の蝉の声が聞こえなくなって、散歩の途中で、今度は聞こえてきたのが、『カナカナカナ!』です。短い一生の夏のひと時を、一所懸命に鳴いていて、小さな命を振り絞るように生きているのでしょう。

 蝉の鳴き声を聞きながら、川まで歩いて行って、履いて出た水泳パンツになって、鉄橋の真下の「なめ(床滑と言うようですが、越して行った街の遊び友だちはそう言っていました)」が、えぐられて壺のようになった深みに素潜りすると、ハヤやバカッパヤなどの魚影が見えて、掴めそうだった日が、懐かしく思い出されます。

 帰り道に肉屋があって、そこで「ボンボン」と言われる、ゴムの袋に入った氷菓(ミルク愛の甘い氷)を買って、しゃぶりながら家に買って行ったのです。

 家に帰ると、母が井戸水で冷やしてくれたスイカを切って、食べさせてくれたでしょうか。宿題をした覚えがないのですが、泳いでボンボンをかじりスイカを食べたのが、夏の日の思い出です。

 もう帰ってこない夏を、今の夏と比べて、扇風機もクーラーもなく、窓を開け放った部屋に、吊られた蚊帳の中でごろ寝し、一日精一杯遊んで、熟睡して過ぎて行った夏でした。夏がくれば思い出すのが、こんなことでしょうか。

 兄たちや弟は元気なのに、自分ばかりが病気で、思うままにならないでいたのに、母の愛を独占している満足感があって、ラジオを聴きながら過ごしていたのに、急に元気になって、人並みの夏を楽しめるようになったのが、嬉しかったのも思い出します。

 父が、ドイアイスを入れた紙の箱の中に、家族分のソフトクリームを買って帰ってきてくれたことが、一夏に何回かあったでしょうか。こんなにうまい物があるのを、舌で味わって大喜びをしてるみんなを、父が満足そうに眺めていました。

 もう川でなんか泳がなくなっているのでしょうか。カルキで消毒した水道水のプールでしか泳げなさそうです。カナンの街にいた時、濁り水でしょうか、あぶくの出るような下水が流れ込んでる大きな川で、得意そうに泳いでる人がいたのです。

 高二の時に、上の兄の友人のお父さんが、社員のために借りた、湯河原の吉浜にあった夏の保養所で、一夏過ごしたのです。オマケのようにしていたのですが、大学生たちの〈少年ぽい生態〉を眺めながら、いっしょに遊ばせてもらったのです。みんな東京六大学の運動部員でしたから、結構カッコいいお兄さんたちでした。

 それって、どなたにもある思い出なのでしょう、子どもたちを連れて、伊豆や相良の海の家に、朝早く家を出て、一夏、何度か出かけたことがりました。車の冷却用のホースが破裂し、水をもらいもらいしてradiator に注水しながら、やっと見つけた自動車工場で、お盆休みだったのに修理をしていただいたことがありました。

 この夏、やはり悲しいのは、家の前のコンクリートの通路の上に、ひっくり返っている蝉がいることです。手にして、起き上がらせて、空に放つと、飛んでいきます。でも、もう死期の迫った蝉なのでしょうか、そんな姿を、〈セミファイナル〉と言うんだそうです。どの夏も、思いっきり輝いていた夏だったのです。

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