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コンピューターが、まだ一般的に使われる前、アメリカの研究室で、人類の過ごしてきた日数の中で、《一日》と、《10時間》とが失われていると言うことが、弾き出されたのだそうです。
これは私に聖書を教えてくださった宣教師さんが、ある日の学びの中で言われたことでした。一体、これはどう言うことだったのでしょうか。実は、ヨシュア記10章12〜13節に、次のように記されてあります。
『主がエモリ人をイスラエル人の前に渡したその日、ヨシュアは主に語り、イスラエルの見ている前で言った。「日よ。ギブオンの上で動くな。月よ。アヤロンの谷で。」 民がその敵に復讐するまで、日は動かず、月はとどまった。これは、ヤシャルの書にしるされているではないか。こうして、日は天のまなかにとどまって、まる一日ほど出て来ることを急がなかった。』
列王記第二20章4〜11節にも、次のように記されてあります。
『イザヤがまだ中庭を出ないうちに、次のような主のことばが彼にあった。 「引き返して、わたしの民の君主ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、主は、こう仰せられる。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたをいやす。三日目には、あなたは主の宮に上る。 わたしは、あなたの寿命にもう十五年を加えよう。わたしはアッシリヤの王の手から、あなたとこの町を救い出し、わたしのために、また、わたしのしもべダビデのためにこの町を守る。』」 イザヤが、「干しいちじくをひとかたまり、持って来なさい」と命じたので、人々はそれを持って来て、腫物に当てた。すると、彼は直った。 ヒゼキヤはイザヤに言った。「主が私をいやしてくださり、私が三日目に主の宮に上れるしるしは何ですか。」 イザヤは言った。「これがあなたへの主からのしるしです。主は約束されたことを成就されます。影が十度進むか、十度戻るかです。」 ヒゼキヤは答えた。「影が十度伸びるのは容易なことです。むしろ、影が十度あとに戻るようにしてください。」 預言者イザヤが主に祈ると、主はアハズの日時計におりた日時計の影を十度あとに戻された。』
人類史の中に「欠落している日時」があると言うのです。AI時代に突入した現代では、聖書の神秘を、コンピューターが弾き出すのは、さらに深まるのではないでしょうか。神さまにかかわることで、まだ覆われ、隠されれている神秘が、一つ一つ明らかにされていくことでしょう。
『天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。(伝道者3章1節)』
時を定め、支配される神がおいでだと言うことです。無為に時が過ぎていくのではなく、永遠の計画の中に、時や事が進んでいると言うことにちがいありません。この戦国の雄であった織田信長は、出陣などに際して、「舞」を舞ったと言われています。とくに好んだのが、「幸若舞(こうわかまい) 敦盛」だったのです。
十六歳の平家の総大将の平敦盛は、源氏の熊谷直実(なおざね)と一騎打ちをし、敦盛は直実に打ち取られて果ててしまいます。すでに死んでしまった自分の子と同い年の若者を、直実は討ち取らなければならなかったのです。源平の争いの渦中に、直実の苦衷の決断で打たねばならず、のちに出家してしまいます。の座根はでした。哀れを感じた直実は、敦盛の遺品を親元に送り返すのです。
その敦盛の若き死を悲しんだ直実を覚えつつ、室町時代の武将の桃井直詮(なおあき)、幼名「幸若」が舞ったので、「幸若舞」と呼んで、武人に好まれて舞われています。それが口伝で伝えられてきています。その一文です。
「思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間(じんかん)五十年、下天のうちにくらぶれば、無限の如くなり
一度生を享け、滅せむもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しき次第ぞ」
「幸若舞 敦盛」を好んで舞った信長が、本能寺で果てたのが、四十九歳でした。五十を前にして、全国制覇の完成を前に、「口惜(くちお)しく」も果ててしまったわけです。その召された年齢は、その時代の平均余命でもあったのです。
聖書では、『私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。(詩篇90篇10節)』と言っています。
『まことに、あなたの目には、千年も、きのうのように過ぎ去り、夜回りのひとときのようです。 あなたが人を押し流すと、彼らは、眠りにおちます。朝、彼らは移ろう草のようです。 朝は、花を咲かせているが、また移ろい、夕べには、しおれて枯れます。 まことに、私たちはあなたの御怒りによって消えうせ、あなたの激しい憤りにおじ惑います。(詩篇90篇4~7節)』
まさに人の一生は、「一息」の内に終わるです。名も誉も業績も、どれほどの地位も立場も存在も、一生涯の営みの全てを、持っていくことはできません。私たちはみな、全天全地の支配者でいらっしゃる神さまの御前に、呼び出されるのです。
『次のように書かれているからです。「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。」 こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。(ローマ14章11~12節)』
神さまのみ前に立って、だれもが「申し開き」をするのですが、その時、私たちのそばにいてくださる方がいらっしゃるのです。
『しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。 もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。 もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。 私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯すことがあれば、私たちには、御父の前で弁護する方がいます。義なるイエス・キリストです。(1ヨハネ1章7〜10節、2章1節)』
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罪深い者である私たちのために、「弁護する方」がいてくださると言うのです。そのお方こそが、「義なるイエス・キリスト」でいらっしゃいます。私に代わって、十字架に死んでくださり、私たちを生かすために死んでくださった救い主、イエスさまが、御父の前に立ってくださって、弁護してくださると言うのです。
私は、一度だけ、裁判所の証言台になったことがありました。東南アジアから来ていた方で、犯罪を犯して拘置された方に請われてでした。その方は、国外退去の処分を受けて、強制送還されたのです。それから随分経って、もう一度日本で働きたいので、呼んで欲しいと言ってきました。日本で働く機会を得るために、宣教師の肩書きでの来日希望だったのです。平安がありませんでしたので、それをしませんでした。再び不法滞在を繰り返すことが明らかだったからです。
イエスさまは、「罪を言い表す者」のために、弁護してくださるのです。いえ、罪を犯した私の身代わりに、十字架で処分を受けてくださったイエスさまだからこそ、弁護者となってくださるのです。そこは、「キリストのさばきの座」なのです。審判ではなく、《報酬を与えてくださる座》だと言われています。何の功(いさお)しのない私なのに、報酬を与えてくださるのです。これが「救い」であります。私はこの不動に救いの確信に立っております。
(“いらすとや”の時計、“ウイキペディア”の本能寺の変、最高裁の法廷です)
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