ホッとできるのです

.

 

 『もう、こんなにもまでもかっ!』と思うほどに、朝顔が咲いています。種苗屋で買った種がよかったのか、世話がよかったのか、来客のみなさんも驚かれるように、日本朝顔が咲き誇っている9月の下旬です。

 今年は、長年の願いの「肥後朝顔」を植えたいと思っていましたが、とっかかりがつかなかったことと、難しそうなこともあって、先送りしてしまいました。「花卉いじり」の趣味など縁遠かったのに、咲く花を見てると、励まされるので、また楽しいので、し続けています。

 以前住んでいた街で、家の大家さんから、サツキや松の盆栽をいただきながら、枯らしてしまった前科者としては、今の自分がくすぐったいのです。

 まだまだ咲き続きそうで、華南の町のベランダでは、年越しの正月にも、朝顔が咲いてくれました。日本から里帰りした種からでした。どんな国情の国でも、朝顔は朝顔、綺麗に咲いてくれます。ホッとできるのです。

.

dandy

.

 

 『あなたが来るときは、トロアスでカルポのところに残しておいた上着を持って来てください。また、書物を、特に羊皮紙の物を持って来てください。(2テモテへ413節)』

 『ダサい!』と言われて、昭和の服装や格好はダメなのでしょうか。「野暮(やぼ)」や「無粋(ぶすい)」の言い回しだって、今では使われない「死語」になっているのでしょう。タンスの中には、20年も、30年も前に買った、格子柄のシャツが残っていて、もう着ないのですが、どうしても捨てられずにあります。

 生き方が、昭和的なのは、どうにもし難いもので、もう改めようがありません。fashion って、営業的、意図的に作られて、それが支持されていくのであって、その時代時代を反映ているのでしょう。流行りに流されない生き方をして来た自分としては、改めようがありません。

 兄や弟にもらった物も、捨てられません。また『兄が使わなくなったので、着てください!』と言われて、頂いたシャツやネクタイがありましたが、ちょっと pride が揺らいでしまって、好みが違うこともあって、奥にしまった後に、捨てさせてもらいました。それ以来、どんなに良くっても、着なくなった物は、着なくなった物なので、人に上げたりは、決してしません

 〈勿体ない物〉であっても、それを着たり、使ったりするのは、だいぶ抵抗があります。一番景気の良かった独身時代に、誂えたジャケットがあって、それがお気に入りでした。一張羅(いっちょうら)で、ちょっとおしゃれをしたい時に着ていましたが、良い物は、飽きがこないのですが、処分してしまった時、気残りがしてしまいました。

 このところ孫のお古が届くことがあります。〈お上がり〉と言うのですが、孫の残していった靴下やザック、次女が、洗濯物で残していった〈Tシャツ〉もあります。兄が送ってくれた新品で、上質のポロシャツもあります。その反面、そろそろ箪笥の中は、捨て時のものばかりになってきました。

 今夏は、異常に暑かったせいもあって、外出するたびに、一日に三度もの着替えをしていましたから、洗濯回数が増え、長年着てきたTシャツも、穴が空き始めて、捨て時になっているようです。〈洒落者〉だったのに、いつの間にか、ダサくなっているようです。父は、たくさん持っていませんでしたが、良い物を、三越で買い求め、季節季節でしまったり出したりして、破れたり擦れてしまうと、母に繕いをさせて、男の服装道を守って生きていました。

.
.

 自分の会社の経営を辞めて、アルバイトをしていた頃の父は、次兄のジャンパーを着て、野球帽をかぶって、ズック靴を履いて電車で仕事場に出て行きました。あの父が、『よくそんな格好ができるなあ!』と意外でしたが、dandy さの無くなった、父は、父で納得して、〈老い〉を生きていたのでしょうか。男の価値は、着る物や持ち物にはよらないのですが。

 背筋を伸ばして、しっかりと前を見て、残された日を生きて行こうと、そんなことをこの頃は思っています。ラジオ体操仲間に、写真館をされて来た方がいて、今は、息子さんに任せていますが、お洒落なのです。好い物を着用していて、格好いいのです。この街では、《おぼっちゃま》と呼ばれてきたのだそうです。三越で買い求めるのを、父に真似て買った30年前のシャツも、もう限界の時を迎えています。

 パウロは、大切にしてきた上着があったのでしょう、知人の家に預けておいた物を、寒い季節がくる前に、テモテに持ってきてもらおうと願って、手紙の中に私用の願いを記しています。聖書に組み込まれた手紙の一箇所に、上着の必要を述べるパウロの思い、それを二十一世紀の私たちが読んでいるのには、やはり意味があるのでしょう。

.
.

 パリサイ派の碩学(せきがく)と言われ、ユダヤの宗教界では将来を嘱望されたのがパウロでした。福音に仕える身になって、自らテントを作りながら収入をえ、またコリントの教会などからの献金で支えられて生きていた人でした。彼の残しておいた上着は、きっと好い物だったのでしょう。近所でも買えるし、頂くこともできたのでしょうけど、わざわざ持って来てもらうほどの価値や思い出が強くあったはずです。

 イエスさまは、多く持たなかったのですが、《快い物》をお持ちだったと、宣教師さんが言っておられました。そんな彼が、アメリカから古着を持って来てくれたことがありました。大きな電気店の御曹司だったそうですが、彼の懐具合は、主にお任せだったのでしょう。水洗でない家に住んで、中古の車を運転して、伝道されていました。そんな彼が、私に似合いそうな服を買って、旅行カバンに入れて、持ち帰ってくれたのです。古かったけのですが、気持ちが嬉しかったので、愛用しました。

 もう頭も薄くなり、見る影もなくなってきましたから、何を着ても見栄えがしなくなってきているのです。娘たちが、来る度に、何か着る物を買ってきてくれるのです。dandyでいて欲しいのでしょうか。もう少しだけ、『昔の夢よもう一度!』で、色褪せたり、穴の空いたものは捨てて、身なりにも気配りしないといけないかなって思う、fashionの秋、心地よい風のやっと吹き始めた九月の下旬です。でも、男の dandyism って、服装ばかりではなく、生き方の姿勢なのでしょう。

(イエスさまのイラスト、娘の忘れたTシャツ、パウロのイラストです)

.