武士の妻の老いに

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 武士の生き方とは、ずいぶん厄介なものだったのでしょうか。明和八年(1771年)、三河国の伊織という名の武士が、刀を買うのです。150両という値で、30両を侍仲間から借金していました。よほどの名刀だったのでしょう。

 その刀の披露のため一席を設け、友人知人を招くのですが、お金を借りた同僚を招かずにいましたら、席の途上に、この同僚がやって来て、言い争いになり、その刀で伊織は切ってしまうのです。その傷が原因で、3日の後に、同僚は死んでしまいます。武士も些細なことで癇癪を起こし、刀を抜いて、人を殺め殺してしまうのです。江戸から越前国丸岡に「永のお預け」の処罰が下されるのです。妻るいと結婚して、四年目の出来事、若気の至りだったのです。

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 これは、鴎外の小説で、「ぢいさんばあさん」という題で、そのあらすじなのです。このことが起って37年後、伊織が赦免されて、るいの元に帰って、仲睦まじく老いを生きている様子から始まっています。その間、るいは、義父母の世話をし、見送り、授かった息子も見送ってきたのです。独り身になったるいは、筑前国黒田家に奉公に上がって、31年間仕えてきたのです。今や、年老いて、その仕事を辞しています。

 そのるいが、時の将軍徳川家斉から、褒美を授かるのです。今で言う年金と考えても良さそうです。その額が、銀十枚、今のお金で、7080万円になるそうです。るいは、夫の不始末で、寂寥(せきりょう)の年を重ねるのですが、この金銭的な慰めよりも、夫との老後を、共に生きる静けさが、なんとも好い「武士(もののふ)の妻の老い」ではないでしょうか。

 人生って、どう言うふうに展開するか、誰も予測できません。意地張りの短気で、人生の好い時を棒に振る人もいます。ただ忠実に働き上げて、趣味に老いを過ごす人もおいでです。ただ悔やんで、人生を振り返るよりも、残された日々を、どう生きるかが、いのちの付与者から問われていることなのかも知れません。鴎外は、還暦になった年に、『馬鹿馬鹿しい!』と言ったとかで病没しています。
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 カレブは、次のように言っています。

 『主のしもべモーセがこの地を偵察するために、私をカデシュ・バルネアから遣わしたとき、私は四十歳でした。そのとき、私は自分の心の中にあるとおりを彼に報告しました。 私といっしょに上って行った私の身内の者たちは、民の心をくじいたのですが、私は私の神、主に従い通しました。 そこでその日、モーセは誓って、『あなたの足が踏み行く地は、必ず永久に、あなたとあなたの子孫の相続地となる。あなたが、私の神、主に従い通したからである』と言いました。 今、ご覧のとおり、主がこのことばをモーセに告げられた時からこのかた、イスラエルが荒野を歩いた四十五年間、主は約束されたとおりに、私を生きながらえさせてくださいました。今や私は、きょうでもう八十五歳になります。 しかも、モーセが私を遣わした日のように、今も壮健です。私の今の力は、あの時の力と同様、戦争にも、また日常の出入りにも耐えるのです。(ヨシュア14711節)』

 なんと言う告白でしょうか。『・・・モーセが私を遣わした日のように、今も壮健です。』と言うのです。今の壮健さは、自然にできたとは考えられません。しっかりとした自己管理をしてきた結果、今、手にしているものなのでしょう。85のカレブは、日常の必要を、十分に果たせる健康体だったのです。

 度々訪ねては、激励してくださった主の器も、病を得て亡くなりました。婚約式にも、その時に合わせて来てくださって、奨励をしてくれたのです。彼は、食べ物にも気をつけていたのです。脂身の肉は食べませんでしたし、冷たい水もコーヒーも飲みませんでした。結婚生活も、常にご夫人を、会衆の前で褒めて、単身旅行中も、結婚の枠の中にとどまる予防線を張っていたのです。自己管理の人でした。アフリカ宣教に誘ってくださったことがありましたが、後に私たちが隣国に行ったことは知らずでしたが、それを是としてくれることでしょう。

 この方が、「心の中でメロディーを(Making Melody in Your Heart )」、「主はすばらしい(Oh God is good)」、「主の御霊よ」などの賛美コーラスを紹介してくれ、独身時代の家内たちが翻訳していました。当時、讃美歌や聖歌で礼拝時に賛美していたのに、

 『新しい歌を主に歌え。主は、奇しいわざをなさった。その右の御手と、その聖なる御腕とが、主に勝利をもたらしたのだ。 (詩篇981節)』

 『主に向かって新しい歌を歌え、その栄誉を地の果てから。海に下る者、そこを渡るすべての者、島々とそこに住む者よ。(イザヤ4210節)』

の聖書のみことばに従って、礼拝賛美が始められて、作詞作曲がなされたのです。あの頃、よく賛美が作られたのを思い出します。歳を重ねた今も、あのメロディー、あの歌詞が思い出されて、皿を洗いながら、洗濯物を干しながらも、道を歩きながらも賛美するのです。鴎外の書いた「ばあさん」の家内も、「ぢいさん」の私にも、まだ唇と心に、歌い慣れた賛美がとどまっているのです。

(「三河国」の古図、青空文庫版、ブドウを担ぐカレブです)

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