危機の時代

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 「日本語」について、こんなことが言われています。『世界の言語の中で、<植民地化>されていない唯一のものです!』とです。

 アジア圏では、インドやフィリピンやシンガポールやマレーシアの公用語は、英語です。イギリスには、海外に60ヵ国もの植民地があったのですが、その内のアジア圏の国々ででのことです。日本でも、そうなる可能性がありながらも、国体を守って、植民地になることから守られてきたのです。ポルトガルやイギリスの経済力に包み込まれていたら、早い時期に、ポルトガル語や英語が公用語となていたかも知れませんね。

 戦争に負けた後も、そんな危機感があったのですが、避けられたわけです。それと関係があるのでしょうか、日本人の英語力が弱くて、外交上に折衝時に、自国の主張が語られないもどかしさを産んでいる様です。島国の中でことが足りるという状況が、未だに続いているからでしょうか。私は、子どもたちを、私の手元に置いておきたかったのですが、おやにねがいとうらはらに、彼らは英語圏のアメリカで教育を受けたのです。でも、今思うに、彼らが英語を駆使できるということは、好かったと思えるのです。

 在華中に、日本語を学びたいと願って、住んでいた家にやって来ている子どもたちが何人もいました。その学習動機は、日本のアニメと漫画なのです。これは、中国だけではなく、世界中で、漫画とアニメの「日本文化」が、ブームを起こしていると言うことのようです。

 中国の中学生に、『「食戟のソーマ」って何ですか?』と尋ねられたのですが、「食戟」も「ソーマ」も日本語である事を、彼に教えられて、ネットで調べたのです。それは漫画とテレビアニメの主題でした。調理学校を舞台に、その漫画の主人公が「ソーマ」で、調理の対決が「食戟」なのだそうです。

 手塚治虫の「鉄腕アトム」から始まり、宮崎駿のアニメが、大人気を博して、そのブームになっています。今では、「鬼滅の刃」が注目されてるのでしょう。確かに、若手の漫画作家たちの作風や内容には、驚くほどに目を見張るものがあります。梅雨の新宿御苑を舞台にした「言の葉の庭(新海誠監督)」の、冒頭のアニメには驚かされてしまいました。雨に降る様子を描いた動画が、実写で見ているかの様に描かれていたからです。

 そんな作品を、翻訳ではなく、日本語で理解したいのが、現代の世界の若者たちで、<日本語ブーム>が起こっているわけです。東洋の神秘性ではなく、狭い国土の中でつちかわれてきた独自の文化が、脚光を浴びてきているのでしょう。日本文化が解き放つ「感性」に共鳴する人が、世界中に多くいると言うことです。

 NHKのラジオニュースを聞いていますと、「アルファベット化する日本語」が、ますます進んでいるのが分かります。英語やフランス語を日本語の中に入れ込んで、古来ある言語表現を使わなくなっているのです。英和辞典が必要ですが、元の spell が分からないと、引きようがありません。『言葉は生きていて、時代が形作るもの!』だとするなら、それも、自然の流れなのでしょうか。

 「zengakuren」、「tunami」、「karaoke」などの日本語が、逆に外国語の中に入り込んでいるだけではなく、日本語化の傾向はまだまだ進みそうです。戦国時代の頃から「カステラ」、「合羽(かっぱ)」、「アルバイト」などの外国語を吸収しながら、「母語」として日本語を保ち続けてきた事は、驚くべきではないでしょうか。でも、言葉の危機の時代を迎えているのかも知れません。

(「言の葉の庭」の一場面から)

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