mentor

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 私には、mentor  (日本語で「師匠」と訳すのが一番好きです)がいました。この方の好物は、コーヒーでした。しかも高級品種の《ブルーマウンテン》だったのです。彼といるときには、必ず私の分もミルで挽いて淹れてくれました。生活が安定してきたら、ブレンドや特売品でなく、『俺も、《ブルーマウンテン》を、いつか飲もう!』、これが夢で、今日まで生きてきました。

 8年間、一緒にいて、様々なことを教えていただき、その後、この方が、神奈川や京都、札幌などに移られてからも、訪ねたり、招かれたり、交わり会に共に集って、相談相手になってくださった方です。どう妻を愛するかも教えられたのです。

 アメリカのジョージア州の出身で、ジョージア工科大学を出て、空軍のパイロットをされていた経歴をお持ちでした。テキサス州から、日本宣教に出かけた方と出会って、彼も献身して、日本宣教を志し、二十代で来日されたのです。

 日本語が上手で、日本語で教理や神学を、聖書から教えてくれました。九つ違いで、今日「勤労感謝の日( Thanks giving day )」は、この方の誕生日でした。病を得て、67歳で主の元に帰っていかれました。お元気でしたら、86歳になっておられるのです。

 いつでしたか、turkey を手に入れられたとかで、grill して、お裾分けをしていただいて、食べたことがありました。それ以来、華南の街の Subway で、sandwich に入ったものは食べたことがありましたが、あの味が忘れられなくて、『今度!』と言っているうちに時が流れてしまいました。

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 この方が、街中の burger shop で、美味しそうに hamburg を食べてるのを何度か見かけたことがありました。家内もそうだったので、けっこう頻繁に通っておられたのでしょう。まさに American taste ですから、異国で奉仕してる間の束の間、祖国の味を、ホッとしながら楽しんでいたのでしょうか。apple pie も好きでした。

 田舎の大きな電気屋さんの息子だったそうで、大学から帰省すると、お父さんは、地下の冷蔵庫に行って、吊るされている牛肉を、knife で切って、steak にしてくれたと、唾を飲み込みながら、そのお話を聞いたのを思い出します。日本で住んでいた借家は、弟さんと二人の遊び部屋の方がはるかに広かった、とも言っていました。

 大きな犠牲を払いながら、日本人に仕えてくださったのです。2年に一度帰って行かれ、support  してくれている諸教会を訪問し、宣教報告をしておいででした。この方の弟さんは、家内の姉と結婚していたので、姻戚関係でした。

 雲間から秋の日が輝き出てきて、あたりが明るくなってきました。今日は、老人会の遠足で、誘われて、山の奥のお蕎麦屋さんに行くのだそうです。カタクリや名水で有名な地なのです。お小遣いやオヤツは、いくら持っていったらいいのか、と思案中です。

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肩書き

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 出掛ける時に、必ず持って出る物がありました。財布、免許証、筆記具、名刺入れ、携帯電話、家の鍵、事務所の鍵などがあったでしょうか。退職後の今、運転免許証も失効したままですし、現金を使わない時代になったので財布も持って出ません。携帯電話も家の電話を置いていないので、家内と共用で、ほぼ家に置いたままでにしてあります。

 人に会わなくなったので、もう名刺も必要なくなって持っていません。何しろ肩書きがなくなってしまったので、必要のある時には、裏白の広告や広報を、名刺大に切って、そこに、名前、携帯電話番号、email address を手書きで書き込んで、人に渡すくらいの今です。

 まさか帰国することなど考えていなかったのですが、急遽、家内の病気治療のために帰国したのですが、その2ヶ月前ほどに「名刺」を200枚ほど印刷したのですが、持ち帰った荷の中にあったのを、処分してしまいました。交換した名刺も、もう会うこともなさそうなみなさんのものを、先日処分してしまいました。

 【ナイナイ】の今は、ちょっと寂しさを感じることがあります。よく昔は、「◯◯さんの弟さん。』、その後は『◯◯さんのお父さま。』と言われ、今では『◯◯さんのお爺ちゃん!』と呼ばれています。人には、社会的に〈所属の欲求〉があって、それが満たされないと不安になってしまうのだそうです。

 それででしょうか、ある方は、昔使っていた名刺の、会社名や役職名などの印字に二本線を入れて、いただいたことがありました。日曜日の朝に、近所のみなさんと、「ラジオ体操」をしているのですが、顔を覚えているだけで、名前を覚える必要もなくて、おばあちゃん、おじいちゃんですみそうで、お仕事をしている方は、〈床屋のわか◯さん〉、近所の方は、苗字ではなく、『◯◯ちゃん』と呼ぶ仲なので、一度聞いただけでは覚え切らないでいる今日この頃なのです。それに、みなさん〈マスク〉を開いてますので、新参な余所者の顔も覚えてもらえない実情です。

 日帰り入浴施設に行って、何も身につけない裸になると、ホッとします。そこは〈黙浴〉がきまりで、みなさんダンマリと湯に浸かっておいでで、ネクタイも背広も名札もつけていない裸同志で、過去の立場や緊張した顔つきなど不要な場で、会釈だけが交わりの手段で、時々体が触れて、『すみません!』というくらいでしょうか。そこのよさは、〈マスク不要〉で、素顔や表情が見えることです。

 きっと以前は、社長さんや部長さんや教授や校長だったかも知れません。名刺交換もないし、威嚇も睨みも飾りもいらないし、実に平等な世界だなと思うのです。手術痕の多い私は、驚かせないために、そこを隠しながら入浴をしています。

 ところで、今の私の最高の「肩書き(Title)」があるのです。《神の子》、《義》、《聖》であります。稼いだのでもなく、恵みによる三重の「賜物( gift )」なのです。神の御手で印字されていて、決してだれも消せないのです。

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