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昨年末、「銀漢の譜」や「蜩ノ記(ひぐらしのき)」を書かれた葉室麟氏が、惜しまれて亡くなられました。「遅咲きの歴史小説作家」と言われ、「直木賞」を受賞したのが、五十代の初めでした。こちらを訪ねてくれた友が、『葉室麟の作品が面白いので、時間があるときに読んでみてください!』と、一冊を置いていってくれたのです。久しく小説を読んでいませんでしたが、読み始めると、興味津々で、いっぺんに読破してしまいました。
それが「銀漢の譜」でした。月ヶ瀬藩の上級武士の子と藩士の子と農民の子の友情物語で、父の仇、女への淡い思慕、秘剣、農民一揆などが描かれ、NHKの木曜時代劇でも取り上げられたりしていました。その話の中で、「蘇軾(そしょく)」という中国の北宋時代の政治家で詩人でもあった人の詩が引用されていて、実に格調ある作品で、中学生の頃に、「漢文」に魅せられてしまった私には、あの頃を思い出させる内容でした。
世の中や人間が複雑なので、漢文調の簡潔さや潔さがなんとも言えないのです。暦の上では春ですが、もうすぐ春がこようとしていますが、この蘇軾に、「春夜」という詩があります。
「春夜」 蘇軾
春宵一刻価千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈
[日本語の読み]
春宵(シュンショウ)一刻(イッコク)価千金(アタイセンキン)
花に清香(セイコウ)有り月に阴(カゲ)有り
歌管(カカン)楼台(ロウダイ)声(コエ)細々(サイサイ)
鞦韆(シュウセン)院落(インラク)夜(ヨル)沈々(シンシン)
[詩の解釈]
春の夜の一刻は千金に価する。
花は清らかな香りを放ち、月はおぼろにかすんでいる。
宵の口まで歌声や管弦であんなに賑やかだった高楼もすっかり静かになってしまった。
女子供が遊んでいた邸の中庭のぶらんこも今は静かに垂れ下がり夜は深々とふけて行く。
李白や杜甫の詩も秀逸で、有名なのですが、「蘇軾」の詩が、ここに上げた様に歯切れがよくて好きなのです。「のたりのたり」の春の宵の静けさが、心に伝わってきそうです。
このところ寒波でこう寒いと、春の訪れが待ち遠しく感じられてしまいます。ニューヨークの先日は吹雪いていて、ものすごく寒かった様です。北半球の街々が凍(こご)えてしまっているのです。この町も早暁には2℃で、今季、最低の気温です。北宋の都の「開封」ででしょうか、赴任の地での春の事でしょうか、「春宵一刻価千金」、千金ほどに素敵な「春」の到来を、私たちも待ちわびたいものです。
(北宋時代の開封の街の風景です)
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