大雄飛

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 アメリカに住んでいる私の友人に便りを出す時には、

     Mr.James Dean
     123.Hawaii main st. Honolulu、Hawaii、
     USA  12345678

という風に、封筒に宛先と住所と名前を書きます。ところが、中国も韓国も同じなのですが、日本の友人に宛てて書くときには、

     郵便番号 123-4567 
     東京都渋谷区代官山1丁目23~45 
     タイヘイヨウマンション 12F 1234
           山田太郎 様

と記します。国際郵便の表記というのは、アメリカに出すようにして書かなければならない決まりがあるようですが、私たちの国内郵便は、大きな世界から、だんだんに小さい行政単位に降りてくるように、〈ズームイン〉して書きます。ところが、アメリカなどは、家の区画の番号から、通り、市、州、国と言った風に、小さな世界から大きな世界に向かって、広がっていくように、〈ズームアウト〉に記すわけです。どちらがいいのか、郵便配達をする人に聞いてみるとはっきりしますが、彼らは、『日本式のほうがいい!』というのに決まっています。このほうが、人を探し出しやすいからです。

 名前の書き順でも、違いがみられます。「山田太郎」、私たちは「姓」そして「名」の順、すなわち「苗字(家名)」を先に書いて、名前を後にします。ところがアメリカなどでは、「James Dean」、個人の名前を先にし、姓を後にするのです。私は、ひねくれていますので、Masahito、hirota と書く時があります。「名刺」にも、このような傾向がみられます。日本の会社に務める山田太郎の名刺は、

     アジア商事株式会社
     第一営業部アジア課東アジア係
    係長  山田  太郎
     郵便番号 123-4567 
     東京都渋谷区代官山1丁目23~45 
     タイヘイヨウマンション 12F 1234
     電話 0312ー3456ー7890

と記されています。ところが、アメリカ人の方の名刺ですと、

      James Dean
     Chairman&CEO
    AMERICAN FIRST COMPANY
   123、Hawaii main st. Honolulu、Hawaii
    Phone 12345678901

という風に印刷されてあります。やはり、東洋的な考え方と、西洋的な考え方には、根本的な違いがあるようですね。石川啄木の有名な短歌に、「東海の 小島のいその 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる」がありますが、〈東海➽小島➽磯➽白砂➽我〉に、詠まれているのにも、〈ズームイン〉していく、日本人的な表現法になっているのに納得させられます。
 
 何だか、われわれアジア人は、大きな世界から、狭い世界に向かって萎縮していくように感じられてしまい、大海原や大地に向かって、雄飛しにくさがあるように感じてならないのです。明の時代、四川省の出で、「鄭和(1371年 – 1434年))」という人がいました。『コロンブスよりも前に、アメリカ大陸を発見しているのではないか!』と言われるほどの大航海をした冒険家でした。アラビヤやアフリカなどとの交易で、男のロマンを生きた人だったようです。〈外に出たがらない症候群〉の現代の若者たちに、『こういった気概を持って、大雄飛をしてもらいたい!』、そう思う11月中旬の晩秋の宵であります。

(写真は、鄭和の乗った船(復元)です) 

『さようなら!』

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 時代劇映画で、鞍馬天狗だったでしょうか、人前から離れ去って行く時に、『さらば!』と言っていました。こんな時、中国人は、『再見』と言い、アメリカ人は、『see you again!』と言って、別れの挨拶をします。ところが私たち日本人は、『さようなら!』と言います。この「さようなら」ですが、漢字で書きますと、「左様なら(然様なら)」になります。古い言い方の、「さらば(然あらば)」も、意味としては同じです。また若い人たちは、『じゃあ!』と言うようですし、私も、学生のみなさんに、そう言ったりします。私の甥の6歳になる男の子が、いつでしたか、『あばよ!』と言ったのには驚かされました。しばらく聞かなかったし、自分でも言わなくなっていた、別れのことばだったからです。

 こういった別れのことばは、日本独特な表現だと言われています。こちらの学校で教え始めて、気になったことがありました。学生のみなさんが、ほとんど例外なく、ズルズルと教室に入ってきて、ズルズルと授業を終えて帰っていくのです。それで気になった私は、彼らよりも早く教室に入って、彼らの来るのを待って、一人一人と目があうと、『おはようございます!』と挨拶をし、授業が終わると、ドアーの横に立って、『さようなら!』とか『じゃあね!』と声をかけるようにしたのです。ですから、私の教室に出入りするみなさんは、代々、どの年度の学生も、挨拶をするようになりました。しっかりした挨拶用語のある言語なのに、日本人のように律儀にしないのは、それは文化であり習慣であるので、好い悪いの問題にはなりません。

 このことを、『どうしてだろう?』と考えてみましたら、私たち日本人は、どうも《けじめ》を付けないと、始まらないし、終わらない、そういった文化、社会なのではないかと思わされたのです。人に会いますと挨拶をし、人と別けれると、『さようならば行きます!』と言いたいわけです。つまり、会ってしばらく一緒にいて、時間が来て、ことが終わったので、帰ろうとしたり、行こうとするときに、『左様でありますから、帰ります!』が、『さようなら!』に省略されて表現されるようになったのです。

 アメリカ人の恩師と一緒に歩いていて、近くの学校の知り合いではない中学生たちが、行き合うときに、『こんにちは!』と言ってきたり、ある中学生は、『さようなら!』と挨拶をしていました。恩師は、『この「さようなら」はおかしいよ!』と言ったのです。中学生たちは、アメリカ人だし、珍しいので、声を掛けたかった。それで言葉を見つけてみても、どう言ったらいいのか迷ってしまう。だけど、日本語には、『お早うございます!』、『こんにちは!』、『こんばんは!』があるし、『さようなら!』もある。それで、それらの用語を、意味なく使って、表敬の挨拶をしているわけです。すれ違って、離れていくのだから、一番ふさわしいのは、『さようなら!』になるわけです。それは、私はおかしいとは思わなかったのですが、英語圏の文化で生きてきた人にしてみると、『さようなら!』は、やはりおかしいのだということが分かったのです。

 太宰治が、「さよならを言うまえに」という随筆や「グッド・バイ」を書いています。この太宰を慕い、彼の墓前で自死した田中英光も、「さようならの美しさ(昭和17年)」を書いています。この田中英光は、遺書の中で、子どもたちに向かって、『さようなら!』と言って死んで行きました。この遺書を読んだ時に、この『さようなら!』があまりにも悲しいので、背筋が寒くなったことがありました。流行歌にも、この『さようなら!』という言葉を歌ったものが多くありますが、やはり、けじめを大事にする日本人は、この言葉が好きに違いありません。

 私は、一つの決心をしているのです。死ぬときは、『またね!』と言おうと思うのです。言えるかどうかは分かりませんが。きっと、死でけじめを付けられない自分だと思うので、訣別や惜別よりも、《再会》の願いを込め、後日譚(ごじつたん)を語りたいので、『またね!』と言いたいのです。《さようならの死》は、『仕方がない!』とか〈諦め〉に通じるようですから、《またねの死》にしたい!

(口絵は、田中英光が著した「オリンポスの果実」の表紙です)