日曜日の朝、外に出ましたら、な、なんと秋風が吹いているではありませんか。涼しいのです。16号台風が沖縄を直撃するように北上していますから、その影響でしょうか。さしもの暑さも、これで終りを告げてくれるのでしょうか。それとも、『まだまだ!』と言って、暑さがぶり返してくるのでしょうか。十月いっぱいは、真夏のような日が続き、日中は半袖、夕方からは長袖を着用する時節が間もなくやってくることでしょう。でも、暦は9月の下旬ですから、日中はともかく、夜間は、しのぎやすくなってくるのに、ただ感謝しているところです。
このそよ風につられてでしょうか、バス停で、飛んでいる赤とんぼを見つけました。三木露風作詞、山田耕筰作曲の「赤とんぼ」を、つい口ずさんでみたくなるのは日本人だからでしょうか。
夕焼小焼の、赤とんぼ
負われて見たのは、いつの日か
山の畑の、桑(くわ)の実を
小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか
十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
お里のたよりも、絶えはてた
夕焼小焼の、赤とんぼ
とまっているよ、竿(さお)の先
桑の実を、「ドドメ」と読んで、頬張って口の周りを紫にした日が昨日のように思い出され、トンボ狩りをしても、ちっとも捕まえられなかった日がありました。こんなに豊かな情緒あふれる歌をうたう日本人が、どうして隣国の心を読み取り、理解し、良い関係を築き上げることができないのか、不思議でなりません。もしかしたら今日日の政界のリーダーのみなさんには、トンボを追ったり、ドドメを頬張ったり、桑の木を折って〈チャンバラごっこ〉などしたことがない、都会の高級地に住んだ、上流階級の子たちだったのでしょうか。
私たち庶民の子、市井の子は、夕日を眺めながら涙を流したり、夕闇にたなびく焼き秋刀魚の煙で煙たくて仕方がなかったり、『ごはんですよーーーー!』と呼ぶ母の声を無視したりして、毎日走り回っていたのです。そんなこんなで、結局、偉くれないで、平凡で無名な一生を終わってしまいそうですが。
それでも、『ジイジ!』と、スカイプで呼びかけてくれる外孫の声を聞き、内孫の送られてくる写真を見ると、『もう少し元気に生きて、孫といろいろな遊びをしたり、お話して上げたりしてみたい!』と思うようにされています。この孫たちの時代には、中国と日本のわだかまりが氷解するでしょうか。40年も努力してきた「友好」が、本物になっていくでしょうか。もしかしたら、中日、中米のひ孫を抱くことができるでしょうか。両国の友好の「民間大使」の意気込みで、7回目の大陸の秋を迎えておりますが、秋風と赤とんぼで、ちょっとオセンチになってしまったジイジのようです。