少し古い統計ですが、2007年3月に、NHKが、「日本人の好きなもの調査」を行っています。その調査項目の一つに、「好きな歴史上の人物」がありました。その結果は、織田信長、徳川家康、坂本龍馬、聖徳太子、武田信玄、源義経、西郷隆盛、福沢諭吉、野口英世の順でした。2005年に源義経、2007年に山本勘助(武田信玄の腹心の部下)が、NHKの「大河ドラマ」の主人公でしたから、回答者に、その影響があるかも知れません。でも妥当な人選だと思われます。
私の愛読書の一つに、「代表的日本人」があります。この本は、1894年(明治27年)に内村鑑三が書き上げて刊行されたものです。英語で書かれ、翻訳本が発売されました。鑑三は、武士の家に生まれ、幕末と明治維新の動乱を肌に感じて、幼い日を過ごしています。16歳で札幌農学校に学び(当時、日本で東京大学の前身校に次ぐ、若者たちの憧れた学校だったのです。一学年の学生数は、15〜16人だったそうです)、アメリカにも留学した、明治期のエリートの一人でした。そのような経歴を通して、『日本人とは?』という日本人のアイデンティティーを明らかにしたかったのでしょう、それで、この本を書いたのです。鑑三、三十三歳の時の労作です。
私の手元にあるこの本の「はじめに」という序文の中で、1908年1月の日付で、『・・・青年期にだいていた、わが国に対する愛着はまったくさめているものの、わが国民の持つ多くの美点に、私は目を閉ざしていることはできません。・・・わが国民の持つ長所・・・』と、13年後に、この言葉を添えています。鑑三が取り上げた人物は、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の五人でした。日本人の美点と長所を併せ持つ人物として、この五人を取り上げたのです。
この五人と、2007年の統計調査で好きだとされた上位十人とは、だいぶ違うことがわかります。かろうじて西郷隆盛だけが共通しているのです。この五人は、メジャーではないのですが、そうそうたる「人」であることが、鑑三の筆で紹介されています。国学の書や漢書を幼い日から読んで学び、青少年期には西洋学に触れた鑑三が高く評価し、日本人の代表に取り上げた人物は、みな秀逸なのです。
欧米に比して、立ち遅れた日本が、日本と日本人とを再評価した著作だということになります。『礼儀正しい日本人!』といわれる以上のものを持った人物を知るために、一読をお勧めします。
(写真は、岩波文庫の「代表的日本人」の表紙です)