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これまでゴールデンウイークに旅行などしたことがありませんでした。通常は、親しくしている教会が合同で行なってきた「五月聖会」に、家族で参加して過ごしていたからです。毎年ゲストスピーカーをお招きして、一緒に、主を礼拝し、聖書からお話をお聞ききしたのは、素晴らしく祝福された時でした。
正月にも集いがあって、その会場に行く途上、よくあったのが、自動車の故障でした。ラジエーターの送水管の破れから水が出て、ラジエーターが効かなくなったのです。応急処置をし、水をもらって給水しては走って、坂道で大変だったのです。連休で休みの修理工場をしばらく行って見つけ、修理を打診すると、くつろいでいたご主人が、腕まくりして部品の交換をしてくださったことがありました。しかも安い修理代だったのに驚きました。
また高速道を走行中に、シャフトの部品が壊れ、県警だかJAFの車で、料金所に運んでいただき、後で、弟に助けてもらって、彼の車で牽引してもらいました。八ヶ岳の麓から、わが家まで結構の距離があったのですが、ノロノロとした牽引には、後続のみなさんにずいぶん迷惑をかけたのです。快く弟が故障車を引いてしてくれたのは感謝でした。
またブラジルから訪ねて来た家内の妹を、成田まで迎えに行っての帰り道、高速道で、前を走っていた砂利を運んでいたトラックからこぼれ落ちたか、タイヤに挟まっていたかの小石で、フロントガラスが一瞬にして真っ白になって、視界が効かない事故がありました。フロントガラスの穴から見て路側帯に避難し、ガラスを車内に全部落として、家内と義妹を、近くのJRの駅に連れて行き、電車で帰ってもらったのです。これもけっこう国道の長い距離を走って、家に帰り着いたでしょうか。
また、次兄から譲り受けたトヨタカローラで、二人の子を乗せて、姫路、愛媛の土居、八幡浜からはヘリーで別府、熊本、門司からはフェリーで大阪、高速道での車の旅をしました。姫路の教会に寄り、土居の教会に師を表敬訪問し、熊本の友人牧師の教会の夏にキャンプに参加した旅でした。もうサビのきていた車での遠距離走行で、そこの教会の若い方たちに、『よく運転して来られましたね!』と呆れ返られたのですが、走行性能は抜群でした。
一度くらい新車に乗ってもよかったのですが、免許証返納までの間、中古車で通し切りました。三菱、日産、TOYOTA、ダイハツなどに乗って、軽自動車やワゴン車もあった時期がありました。
そう、自己の話だけでなく、「五月聖会」のテーマのブログでした。正月も五月の連休も、おいでくださったゲストスピーカーのみなさんに、どんなに励まされたり、悔い改めさせられたり、力づけられたことでしょうか。彼らの労苦には報いがあります。なにか信仰上の大切な決心をして、帰路についた記憶が残っています。
おいでのみなさんは、すでに『 肉体を離れて、主のみもとにい(2コリント5:8)』らっしゃり、やがて栄光のからだに復活し、永遠に、主と共に生き続けるのです。私たちの望みも、ここにあります。主を畏れて生きることを教えてくださったみなさんには、驚くべき感謝があるのです。
今回、四月末の黄金週間に、長女の招きで、次男の随行でハワイに出かけさせてもらいました。そのおり、子どもたちのお世話をしてくださった牧師さんの開拓された,ホノルルの教会を訪問したのです。もうすでに後進に牧会を譲って、アメリカ西海岸の他の街で伝道の働きを、ご子息と一緒に続けておいでです。長男がインターンから,ミニストリーまでさせていただいた教会であり、牧師さんなのです。時は過ぎ、人は動くのですが、主の働きは、今も聖霊に励まされて継続されています。
また日本人教会の日曜礼拝にも集わさせていただきました。ホノルルで、長く礼拝を守って来ているマキキ聖城教会で、長く街のコミュニティーの中に溶け込んで、日本人の移民のみなさんの社会貢献で、高く評価されてきているそうです。高知藩の家老の子で,日本人伝道をされた奥村多喜衛牧師が、最初の牧師をされておいでだったそうです。
(オアフ島の空と海と椰子の木と花と、マキキ教会の天井です)
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