みちのくの ひとはかなしや 野蒜掘る 山口青邨
「みちのく」とは「道の奥(僻地や田舎のことでしょうか)」で、漢字表記にしますと「陸奥」ですが、東北地方を、古来、そう呼んでいます。よく気候異常で、凶作や不作に見舞われた東北のことが、日本史の中に出てきて学びました。盛岡生まれの山口青邨(せいそん)は、凶作で食べ物に事欠いた東北のみなさんが、米は採れないが、畔道には、冷害に見舞われても生い出る「野蒜」を掘って、食糧にした悲しい歴史があったことを詠んだのでしょうか。
日本語では、「いなか」を「田舎」と漢字で書きますが、中国語は「郷下(乡下xiangxia)」と言います。日本語よりも、「いなか」の雰囲気が強烈に伝わってくることばではないでしょうか。その反対の「都会」を、「城市chengshi」と言い、大きな街を「大城市」と言うようです。私たちが住んでいる所は、省都でありますので、「大城市」になります。新しく開発された地域に住んでいますので、「◯◯市◯◯区◯◯路」と住所表記をするのですが、どうも以前は、「◯◯市◯◯县◯◯镇建新村」と呼ばれていたようです。「县xian」は県(縣)、「镇zhen」は県の下にある町を言うようです。その名残の表示が、壁に記された表示に見られるのです。
昨日の集合場所は、予定変更で、師範大学の一停留所手前のバス停の近くで、待ち合わせて、バンに乗せて頂きました。そこから1時間半ですと、郊外よりも遠い、「田舎」になるわけで、昨日は、その「乡下」へ週末の小旅行をしてきたわけです。今日(日曜日)、一緒に出かけた方たちと会いましたら、「野蒜(のびる)」を頂いたのです。昨日、腰掛けて談話をしていたので、野蒜摘みに行かなかった私たちのことを覚えていて、分けて下さったわけです。「味噌汁」の具にすると、春の香りがして美味だと、ウイキペディアに書いてありましたので、夕食には、作ってもらうことにしています。この「のびる」は、私の育った街では「のびろ」と呼んだように記憶しているのですが。
天津にいた時に、北の方の人たちが好んで食べるものに、小麦で焼いて作った「饼bing(お餅と煎餅の〈餅〉」がありました。日本で言う、「お好み焼き」の簡単なもの、韓国料理ですと「チヂミ」でしょうか。あまり具だくさんでないので、かえってシンプルで美味しいのです。華南の地では、小麦粉を「麺(中国語は〈面〉で〈麦〉をとってしまっています)」にして、煮込んだり、焼きそば風にしものの方が好まれるようですが。こちらに来てから、この「饼」を自分で作ってみたことがあり、結構いけたので、今晩は、「野蒜」もありますので、久しぶりに焼いてみようと思っています。野蒜の玉(球根)と葉の部分を細かく刻み、長葱ときゃべつも同じようにし、肉のミンチを小麦粉を溶いたのに入れて、フライパンで焼いてみようと思っています。きっと美味しくでき上がることでしょう。今日は半袖で大丈夫な「全くの春」の日曜日であります。そこで一句。
源格の 野蒜もらいて ビンをやく 廣田雅仁
(写真は、「野蒜」です)