父の好物が、「きんつば」でした。この「きんつば」は、小麦粉を水でこねて薄く伸ばした生地で餡(あん)を包み、円盤形や長方体形に形を整え、油を引いた平鍋で上下面と側面を焼いたものです。江戸時代の中頃に、京都で考案され販売されたようです。父が、舌鼓を打つように、うまそうに食べていましたので、『そんなに美味しいなら!』と同じよう食べたら、うまくて、自分の好物にもなってしまいました。
この街に越して来て、学校の寮に住んだのですが、近くのパン屋に行きましたら、アンコを入れたパンのようでもあり、お菓子のようなものが売っていたのです。早速買って食べましたら、甘みも塩気も、日本のものと寸分変わりませんでした。それもそのはず、「まんじゅう」は、中国のものなのです。宋の時代に中国からやって来た、「聖一国」という僧侶が、製法を菓子職人に伝授したのが始まりだそうです。800年も前に伝えられたので、正式には<和菓子>ではないことになります。
九州の博多(福岡市)から全国に広がっていき、日本人が渋茶を飲みながら、長年、美味しく食べ続けて来た代物(しろもの)です。最近、日本人のパン職人が作っているパンを、目の前のモール内のパン&食堂で売り始めました。やはり、ありました、「アンパン」がです。ちょとアンコの量が少ないのですが、「木村屋」に劣らない味なのです。
礼儀も仁義も漢字も、中国伝来の優れものですが、餡菓子も中国伝来であるのですから、切っても切れない両国の関係を、アンパンをほうばりながら再確認している週日の夕方であります。もしかすると、あの博多名物の<明太子>も、大陸伝来なのでしょうか。そうだったら、この町の何処かで売っているかも知れません。
(写真は"中田屋”の「金鍔(きんつば)」です)