10月10日

image

「統計」、goo辞書によりますと、「[名](スル)集団の個々の構成要素の分布を調べ、その集団の属性を数量的に把握すること。また、その結果を数値や図表で表現したもの。「―をとる」「―を出す」「就業人口を―する」。」とあります。

今日、10月10日は、50年前に「東京オリンピック」の開会式が、首都東京に、新装なった「国立競技場」で行われた日です。その開会式を、テレビで観ていました。真っ赤なブレザーを着た日本選手団が、秋空に映えていたのを思い出します。私と同世代の聖火の最終ランナー坂井さんが、聖火台に点火した時、真っ白な鳩が放たれて、紺碧の秋空に舞い上がって行きました。さらに五機のジェット機が、五輪の五色の輪を空中に描いたのには、実に驚かされてしまったのです。

悲惨な戦争が終わって19年、焦土から立ち上がった日本が、起死回生の復興を遂げたことを、全世界に向けて、発信した一大出来事でした。それは、絶望し、落胆し、うなだれた日本人の頭(こうべ)を上げさせてくれた、スポーツの祭典でした。『世界のみなさん、日本は平和な国に蘇えりました。!』との挨拶を、世界に向けて語ったかのようでした。

その年、東海道新幹線が、東京と大阪を4時間(今では2時間25分)で結んで開業しました。戦闘機を作って来た頭脳と技術が、陸上の基幹交通として平和利用された証であったのです。19の春を生きていた私にも、『夢を捨ててはいけない。明日に向かって駆け出せ!』と語りかけてくれたのを覚えています。その秋、東京駅の新幹線の食堂車に、食材を積み込むアルバイトをしていました。空いている時間に、新幹線のプラットホームで、逆立ちをしたり、地上転回をして遊んだりしていました。

あの10月10日が、開会式に決定されたのは、統計上、この日が晴れである確率が高かったからでした。科学的な根拠に基づいて決定されていたのです。今日の東京の空は、どうでしょうか。台風19号が、沖縄に接近しているようですが。被害の少ないことを願いながら、東京に思いを向けている<ハナキン(華の金曜日)>の午後であります。

(”jijicom”による、聖火走者・坂井義則さんです)

春秋

image

「春秋に富む」と言う言葉があります。「史記(齊悼惠王世家)」の「皇帝春秋富」からの出典です。「春秋」とは<年>のことで、<年齢>の意味でも用いられています。ですから、その意味は、『これから先、残されている年数が多い!』ということになります。

将来のある若者に、『あなたは春秋に富んでいますね!』と言うのです。これは私にも、青年期に当てはまった言葉ですが、それは瞬きの間のように過ぎて行きました。こちらでよく聞く言葉に、「時間過了很快」があります。『時の経つのは大変早いものです!』と言う意味です。中国に参りましてからの年月の動きもそう言うのですが、人生そのものを、そう言って悔やむのが人の常でしょうか。

これも、よく聞いた言葉で、「少年老い易く学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず。」があります。『学ぶべき時に学んでおかないといけない。時間を浪費してはいけない!』との教訓なのでしょうか。学びを怠った者には、<後の祭り(時期を逃がして甲斐のないこと)>になってしまいます。

また、「春秋高し」と言う言葉もあります。『高齢である!』という意味になります。まさに私は、今や、「秋高し」です。ところが、一昨日のニュースに、今年のノーベル物理学賞を、赤崎勇氏が受賞することになったとありました。赤崎氏は85歳、私が、その年齢になるには、小学校入学から大学卒業までの年数以上の年月が残されていることになります。その挑戦は、『もう一度、初めめから勉強をやりなおしなさい!』でした。

この赤崎氏について、こんな逸話を同級生が語っているそうです。戦争中の軍需工場での勤労動員の折、クラス全員が教官に殴られることになったのだそうです。その時、『級長の私一人を殴ってください!』と、赤崎少年が前に進み出たことを覚えてるそうです。十代の中ほどで、そんな素晴らしい心を持った少年だったことに、感動させられます。その後、どんな風に生きて来たかは、推して知るべしですね。

このノーベル賞受賞に、心から、『おめでとうございます!』と申し上げます。

(”jijicom”による、赤崎勇氏です)