裸の王さま

ずいぶんのことですが、「裸の王さま」の話を、自分で読んだか、誰かに読み聞かせしていただいたことがありました。『見えない者は愚か者なのです!』という仕立て屋の言葉にだまされる王が主人公だったと思います。特別な人にしか見えないという豪華な布で、仕立て屋は特別仕立ての素晴らしい服を縫い上げその洋服を王に献上します。それを喜んだ王は得意満面で着たのです。そして国民が見まもる中を、誇らしく城下を闊歩するのです。家来も国民も、『なんと素晴らしくお似合いでしょうか!』とほめるのです。ところがお愛想なんか言うことのない正直な一人の子どもが、『王さまは裸です!』と言いました。その一言によって、自分の裸の現実・事実を、王も国民も認めるのです。『変だ!』とは思っていましたが、「愚か者」になりたくなかったので、言はれるままに王は着続けてしまったわけです

だれでも人は、「愚か者」と思われたくないのです。ですから、おかしいのが分かっていても、人の目や言葉を気にするあまり、この王さまのような行動を取ってしまう傾向があります。人の目を気にするのですが、その奇異な行動がもっと人の目をひきつけてしまって、大恥をかいてしまうことになります。この王さまのことを考えていて、思わされるのは、『王さま、あなたは裸です。だまされているのです!』と、はっきりと指摘し忠告してくれる妻や子ども家来や国民、そして友を持っていなかったことが、彼の一番の不幸なのではないでしょうか

今年、日本が誇る高級車の欠陥が原因で、アメリカの高速道路上で、死亡事故を起こすといったニュースが伝えられました。我が国だけでなく、多くの国の自動車会社が、欠陥箇所の部品交換や取替を公告しているのをニュースサイトで、たびたび見ます。《人の命を無事に、遠くに運ぶ》だけでいい文明の利器が、速度や技術革新で、あまりにも複雑なメカニズムで作られるようになってきています。ちょっとした操作の違いやミスで、これまで想像しなかったような原因で、事故が起きているのです。販売競争の激化が、一番大切な《安全性》を蔑ろにして、外形や性能に重きが置かれている傾向が続けば、想像を絶した大事故が起こるのは避けられないのではないでしょうか。

日本の自動車業界で名を馳せた本田宗一郎氏が、『私の幼き頃よりの夢は、自分で製作した自動車で全世界の自動車競争の覇者となることであった。しかし、全世界の覇者となる前には、まず企業の安定、精密なる設備、優秀なる設計を要する事はもちろんで、この点を主眼としてもっぱら優秀な実用車を国内の需要者に提供することに努めてきた・・・』と言っています。彼は「安定さ」、「精密さ」、「優秀さ」を求めたのです。そして自動車生産の相手である「需要者」に焦点を合わせて、企業努力を重ねたのです。業界の覇者になるのは、本来の目的や意味を第一にして、誠心誠意で製造していくなら、後から付いてくることだと、考えを改めたのでした。今、それが忘れられて、販売台数、売り上げ額、従業員や工場の数などの多さ、つまり業界第一位の地位への飽くことのない野望が、初心を忘れさせているのが現状でしょうか。どの業種にも、このことは言えるようですね。

私は、人の命に関わる仕事に従事している生産現場の人たちに、《生命第一》の切なる思いが残されていることを知って安堵しているのです。ある会社の欠陥自動車が死亡事故を起こしたときに、その欠陥を告発したの内部者だったと聞いたからです。『黙っていればいいのに!』と思われるでしょうか。会社やユーザーや家族を愛するがゆえに、言わざるを得なかった、その社員の苦渋の選択と決断と勇気をほめたいのです。凶器にも変わる自動車を作り、売る者が持っている当然の社会的責任を果たしたわけです。しかし、そうさせない組織の重圧、嫌われ者になりたくない!』との誘惑だってあったことでしょう。でも、『これ以上、このような事故を起こしてはいけない!』との内なる声を消さなかったことを褒めたいのです。利用者だけではなく、きっと、育てている子どもたちに《正直なオヤジ》であることをを知ってもらうためにも、内部告発たのではないでしょうか。その決断こそは、良心の声を消さなかったということでもあるに違いありません。

これまで、罪や過ちや欠点を指摘して、叱責してくれた師や友や妻がいたことを、私は感謝したいのです。もう一線を退いて、社会的な責任から解かれた私ですが、私が師と仰いだ多くの方々が召されてしまっている今ですが、それでも、『雅仁、あなたは裸ですよ!』と言ってくれる友が、まだまだ必要なのを感じるのであります。

(写真上は、「裸の王さま」、下は、昔乗ったことのある「ホンダ・初代スーパーカブ」です)

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