忘却

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 『忘却とは忘れ去ることなり。』、当たり前のことを言って、ラジオ放送で人気を博した、ラジオドラマがありました。それが、一世を風靡した「君の名は」です。この番組放送のはじめの言葉が、冒頭の言葉でした。1952〜1954年にかけて放送された時、銭湯の女湯が空になるほど、女性の人気を得た番組でした。

 当時、男女の恋愛、すれ違いの話に、強烈な思い入れが、自分にあったら、今頃、芥川賞作家にでもなれたのでしょうけど、8歳の晩生(おくて)の男の子には、馬に説教と同じで、関心を向けることなどありませんでした。母が聞き入っていたかの記憶がありませんから、他のことに母は忙しくして、珍しく無関心の人だったのだろうと思います。

 普通、人間は、辛い事は忘れる様にできているのだそうです。あまりにも悲しく辛いことを思い続けて、精神的にも肉体的にも破綻してしまわない様に、人の心が作られているのです。何があっても、よく寝て、スッキリして生きる方が得策です。とくに日本人の特性が、これだそうです。でも忘れてはいけないことがあります。

 歴史学習は、誰もが必要としていることです。今を理解するため、将来を展望するためには、時の流れの始まりや経過を知る必要があります。歴史学者のトインビーは、『人間とは歴史に学ばない生き物である。現代の諸悪は人間自身が招いたものであり、したがって、人間自らが克服しなければならないものなのです。』と言っています。

 〈克服しなければならない過去〉があると言ってるのでしょう。明治維新以降の「富国強兵」の急務のために、無理な背伸びをし続けて来た結果、国家としての大失敗を侵して、当然の様に、戦に負けた過去が、私たちに国にあります。相手国への賠償では済まない、決定的な反省がなされるべきでしたが、ほとんど曖昧に終わりっています。

 また、歴史学習が曖昧だったので、戦争を知らない世代のこの国の指導者たちが、危うい発言を繰り返して来ています。父や祖父の時代の負の遺産を、負わないからです。原子爆弾の投下や焼夷弾の爆撃を喫した〈被害者意識」だけが残され、侵略した国々での蛮行を忘れてしまっています。
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 とくに長崎市民にとっては、もう一つの被曝都市の第二の座に追いやられ、8月9日が忘れられつつあることに、いい知れない悔しさがあるのだそうです。この日を、祭日、祝日にしようとする動きの中に、決して忘れては行けない《歴史的記念日》が、〈忘却〉されそうになりました。けっきょく、8月11日を、『山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する!』との「山の日」が決まったのです。

 ” youtube “ の番組で、命を助けられたり、愛された過去を忘れない、犬や熊の話が取り上げられていて、〈忘却の人間〉は恥ずかしくなってしまいます。忘れていいことと、決して忘れてはならないことがあるのを、もう一度立ち止まって整理する必要がありそうです。

 イスラエル人は、自分たちの民族史を、父親が子に教えるのだと、聞いたことがあります。被った悲劇を覚えるためではなく、民族の足跡をしっかり知って、今を知り、未来に思いを向けるためなのでしょう。歴史教育が半端だと、未来が見えません。

 へそ曲がりの若かった私は、どちらに行くか考えた末、長崎には行きましたが、広島には行きませんでした。

(〈フリー素材〉の長崎市内のめがね橋です)

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