望郷

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 山梨県の北部に、甲州街道の宿場の一つであった「韮崎」という街があります。甲州、信濃(長野県)、駿河(静岡県)をつなぐ交通の要衝の地だったのです。ここから北に向かって塩川(本谷川)の渓谷沿いを上がっていきますと、「増富」という村落があります。近年〈ラジウム温泉〉として有名になり、渓谷の奥には温泉宿が何軒かあります。そこからの林道を車で走りますと、牧丘や塩山、長野県の川上村などに抜けていくことができ、春も秋も美しい山の景色を楽しめます。

 学校を出たての時に、県職員の寮に、友人を訪ねたことがありました。まだお酒を嗜んでいた頃でしたから、いっぱい飲んでから、彼とキャッチボールをしたのです。彼が暴投をして取り損なったボールを拾うために、塀に上って、誤って落下してしまいました。したたか左肘を打ちつけてしまったのです。やはり左腕の肘を複雑骨折していました。整骨師に見てもらい、骨折部分は治ったのですが、副木を当てていた時間が長かったからでしょうか、今度は肘が曲がらなくなってしまったのです。それで、『温泉に行ったらいい!』と聞き、職場から休暇をもらって、一週間ほど、この「増富温泉」に、湯治に出かけたのです。韮崎からバスに揺られて、冨士川の支流の塩川の流れる渓谷を走りました。山は綺麗ですし、水も美味しいし、散歩をしたりの温泉三昧の日々でした。

 それまで温泉とは、若い私には縁遠い世界でしたが、これを契機に、温泉好きになって行きました。お酒も飲まなくなり、いわゆる大人の遊興を楽しむことのなかった私の唯一の息抜きは、だいぶ爺臭いのですが、温泉に入ることでした。日帰り温泉に出掛けては、一日中、ぼーっとしている時間は、回生の時だったと思います。そばを食べたり、焼いた川魚や漬物を食べて、川や山や山間から空を眺めていると、思考が新しくされるようでした。そんな時、よく思ったのは、『親爺が生きていたら、連れてきて、一緒に温泉につかれたのに・・・』と、父を懐かしむことでした。車だったら日帰りが可能ですし、このような施設は、どの山間に分け入ってもあるほどだったからです。

 そんな私を知っている兄や弟は、帰国しますと、早々に、温泉に連れていってくれるのです。去年の帰国時に、多摩川河畔に新しく作られた温泉に連れていってもらいました。ぬるめの温泉につかっていると、頭上に三日月が見えました。つい、三池炭鉱ではなかったのですが、『月が出た出た月がぁ出た・・・』と、小声で歌ってしまいました。もう仕事に追われないですみますし、急な訪問もしなくなって、時間はゆったりと流れるようになりました。そんなところに、自分を置くことができるのに、だんだんと慣れてきている自分に驚かされます。何かをしていないと落ち着かない性分でしたから、こんな自分になるのは、我ながら意外な感じがいたします。中国生活で、一つの不満を上げるなら、「温泉のない生活」でしょうか。せせらぎが聞こえ、山肌を隣に感じ、紅葉する木々の中にある、「温泉」のことです。これって、望郷の思いなのでしょうか、秋だからですね。

(写真は、本谷川(塩川の支流の1つ)の春の景色です)