ダモクレス

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 「ダモクレスの剣」を、〈コトバンク〉で調べますと、「栄華の中にも危険が迫っていること。シラクサの王ディオニシオスの廷臣ダモクレスDamoclesが,王位の幸福をほめそやしたところ、王が彼を天井から髪の毛1本で剣をつるした王座に座らせて、王者の身辺には常に危険があることを悟らせたという故事による。 」とあります。一国の命運を握って、様々なことを意思決定し、それを行っていかなければならない政治指導者は、その地位に甘んじるだけではない。その責任の重大さをしっかり受け取めて、死の覚悟を決めて取り組まなければならないといった、自戒の意味にとれる話です。もちろん、これは国だけではありません。一つの会社、一軒の商店でも同じではないでしょうか。そこには社員や店員がいて、その彼らには妻子・家族がいるのです。社員の子弟の衣食住、さらには将来を左右するような責任を、ボスは負っているのですから。

 ある会社が倒産の危機に瀕していました。知り合いに、その会社の部長をされていた方がいました。その苦境を彼が訴えてきたのです。私は、『あなたの部下の再就職のために力を尽くしてください。彼らには奥さんがいて子どもさんたちがいます。あなたの責任は大きのです。まず彼らの生活の安定をはかってあげなさい!そのあとでご自分の・・・』とアドバイスをしました。ところが、自殺に誘われるような中を通っていた彼は、部下たちを残して、転職してしまったのです。私は、心の底で、『バカヤロー!』と叫びました。『あなたが、自分の部下のために逃れの道を設けてあげるなら、天はあなたを助け、あなたの家族が路頭に迷う様なことはされない。きっとあなたには、素晴らしい仕事の機会と立場が備えられるから!』と励ましていたのです。


 私は、以前、ある小さな会社を持っていました。子供たちが教育の必要としていたときに、その仕事が与えられたのです。本職以外の事業で、学生の頃のアルバイトで経験していた仕事でした。営業努力の末に与えられたというよりは、天から降ってきたようにして備えられたのでした。なんと、子供たちの大学教育が終わるまで、この事業は続けられ、教育の終了の月と共に、終わったのです。これも私の意思ではありませんでした。これは私と家族にとって不思議な経験でありました。妻や子どもたちが人並に生活していくことができるために、何か偉大な力が、夫や父親を導き、彼らを雇用する業主に、特別な知恵や機会が備えられるのではないでしょうか。食べて、着て、住むことができ、教育が受けられ、たまには娯楽ができるように備える、そういった責任が委ねられているわけです。そのために、責任ある方々には、特別な知恵や能力や機会が備えられるのではないか、そう思うこと仕切りです。

 資金のやりくりや仕入れや販売、人の雇用など、社長さんたちは、強烈な重圧のもとにあります。『誰か、経営を代わってくれないか?』と思うのも当然でしょうか。まさに、一本の毛髪の吊るされた剣の下に、座らされ身を置いているような重責を感じているのも事実です。

 私たちは、国の責任者に立てられている方を、非難こそすれ、彼のために感謝や慰労を願い、敬っていないのではないでしょうか。人間的に嫌い、思想的にも同意できない、過去の経歴に嫌悪するなどの理由がありましたが、彼は、一国の「命運」、1億3千万人の命と財産と将来を、任されているということになります。この中国ですと、14億人(ある方は19億いるかも知れないと言っておられましたが)の命の保持といった重責を担わされていることになります。後代に名を残すなどといった野心があったら、このような責任は負うことができないでしょうね。そういった重圧があって、部下を信頼できず、何時謀反を起こされるか分からないような恐れに駆られ、自分の身内の者や、子飼いの部下たちだけで身を固めた《専制》や《独善》や《独裁》に陥ってしまうようです。何時でしたか、チャウセスクというリーダーが倒れていく場面をテレビの中に見ました。人を信じられなかったこの人は、孤児たちを集めて訓練し、親衛隊を編成し、彼らを特別に寵愛することで忠誠心を育て煽り、身辺警護に当てていたと聞きます。ここに掲げた写真は、独裁者と刻印された人たちです。一人一人消えて行くのですが、責任を放棄して独裁に走ってしまうと、天からの祝福を失ってしまう結果なのでしょうか。

 王座に座すことは、私にはありませんでしたが、「責任の座」に座ったことはあります。その重圧は、心休まることのない立場でした。共に立って、重荷を少しでも負ってくださる方、理解してくれる人、何でも相談できるメンターを切に願いました。そのような責任から離れた今、彼らのためにすべきことがあると思わされています。感謝と慰労の心を向け、手を上げることに違いありません。ふと頭上を見てしまう師走です。

(写真上は、リチャード・ウェストールの描いた「ダモクレスの剣」、下は、独裁者たちの顔写真です)