女の修行

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越後瞽女(ごぜ)の小林ハルさんが、『いい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行。』、と言われています。教育など受けたことがない方だったのでしょうけれど、驚くほどの含蓄のあることばで、なんども頷いてしまいました。学校出たての頃に、上司の狡さに憤った、未熟な私は、一悶着起こしてしまいました。青年期の融通の無さなのでしょうか、理想主義に青臭く生きて、現実の世の中を知らなかった結果だと思います。そんな私だったのに、味方してくださった方がいました。警視庁に勤めながら、夜間の大学を卒業し、転職して私と同じ職場におられた係長でした。ちょうど〈兄貴〉と呼ぶのが相応しい年齢で、まだお酒を飲んでいた頃でしたので、よく連れ歩いてもらいました。彼の親しい仕事上の友人が福岡にいて、出張した折に、大変なお世話をしてくれました。若い頃の〈世話〉ですから、お察しがつくと思いますが、博多弁というのでしょうか、九州ことばが〈男っぽさ〉を感じさせてくれて、さっぱりした〈九州男児〉と呼ぶのに相応しい方で、博多の中洲を、あちらこちらと案内してくれたのです。

思い返しますと、沢山の方々と出会って、共感したり、尊敬したり、あるいは嫌悪したりしてきましたが、ハルさんが言われうように、善人との関係は、〈祭り〉のように、賑々しく、楽しく、時間がたってしまうのを惜しむような交わりをもちました。「学ぶ」ということばの語源は、「真似ぶ」だと言われています。師が書かれた書を、一画一点同じように書く、つまり真似して書き上げることが、いわゆる〈書道の真髄〉だと言われています。スポーツにしても、上手な投手の投球法を、打者の打法を真似ることから始め、迷ったときには、基本に帰って、また真似るということによって、好い結果を残せる選手になっていくわけです。空手だって、「型」から入り、組み手はあとから鍛錬していくのです。ですから書を読んで学ぶことよりも、人から学んだことのほうが多かったのではないでしょうか。

ところが、〈良い人〉とばかり出会わないことが、かえって生きていることを楽しく面白くしてくれるのでしょうか。今で言う、〈空気の読めない人〉とか、ひっきりなしに否定的なことを言う人、人を非難し中傷してやまない人、人と和していくことのできない独行の人、お酒を飲まないと何もいえない人、飲むと目を座らせてくグズグズと愚痴をならべる人、一人でしゃべりまくっている人、いじけている人、自慢する人、過去のことばかりに思いを向けている人、挙句のはてに、奥さんの悪口をしていた中学の英語教師、下ネタばかりが話題のおじさん、男の中にこういう人が意外に多かったと思います。こういった人を「反面教師」、ハルさんに言わせると「悪い人」と言うのでしょうか。この所謂(いわゆる)、「悪い人」に「真似ぶ」こと、『彼らの真似はすまい!』とは思わされましたが、彼らから学んだことのほうが、〈いい人〉から学んだことよりも、はるかに多いのだと思います。ハルさんは、『悪い人との関わりこそが、私の人生修行でした!』と言っておられるのです。「修行」を、goo辞書で調べますと、『[名](スル) 1 悟りをめざして心身浄化を習い修めること。仏道に努めること。 2 托鉢(たくはつ)・巡礼して歩くこと。「全国を―する」 3 学問や技芸を磨くため、努力して学ぶこと。「弓道を―す… 』とあります。


避ける代わりに、恨む代わりに、その人から学んだハルさんは、盲目という境遇の中で、人にいえない程の辛い経験を、現・三条市に明治30年に生まれ105歳でお亡くなりになるまで、お持ちだったようです。特に家族からの仕打ちは、恨んでも余りあるものがあったのですが、彼らを赦してしまう度量の大きさには驚かされます。何と、黄綬褒章を受賞され、「人間国宝」と呼ばれる晩年を迎えておられます。「瞽女さん」とは、「盲御前(めくらごぜん)」から派生した呼び名で、門付けをしながら、三味線を弾き語りし、お足(お金のことです)やお米や野菜などを貰って、村から村を渡り歩いて生きていた、旅芸人でした。ハルさんは、自分の境遇を跳ね返して、すべての悪しきこと、悪い人との出会いの経験を「修行」にして、生きたのです。同じ新潟県の出身で、連合艦隊司令長官だった山本五十六が、『苦しいこともあるだろう、言いたいこともあるだろう、不満なこともあるだろう、腹の立つこともあるだろう、泣きたいこともあるだろう、これらのことをじっとこらえてゆくのが男の修行である。』と言っています。ハルさんのことばにくらべると、私の好きな日本人の一人でありながら、何か色褪せて、口先だけのことばに聞こえてなりません。古い日本の雪と因習の深い裏日本の片田舎で、女が生きるということ、しかも目が不自由だっただけで、不条理の中を生きなければならなかったハルさんの「女の修行」のことばは、千金にも万金にも兆金にも聞こえるのです。

(写真上は、小林ハルさんのお顔、下は、ハルさんの生まれた新潟県三条市です)