品性を完成するために

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 『大正十五年七月二十八日、星野温泉若主人のために草す。』と添え書きがありますから、温泉業、旅館業にあたる若い経営者に向けて、旅館業の門外漢である、内村鑑三が、書き記した教えが残されてあります。事業のノウハウの教えではなく、経営者の在り方、信条を記したのです。

 この旅館は、当時、名だたる高級旅館であったそうです。教えを受けたいと願った主人も、そこかしこにいるような経営者ではなかったのでしょう。ですから教える進言者も、時流に乗った経営理論とは、まったく違った知恵に富んだ進言だったのでしょう。一体、どんな進言だったのでしょうか。

  「成功の秘訣」  六十六翁 内村鑑三

一.自己に頼るべし、他人に頼るべからず。

一.本を固うすべし。しからば事業は自づから発展すべし。

一.急ぐべからず。自動車の如きも成るべく徐行すべし。

一.成功本位の米国主義に倣うべからず。誠実本位の日本主義に則るべし。

一.濫費は罪悪なりと知るべし。

一.能く天の命に聴いて行うべし。自ずから己が運命を作らんと欲すべからず。

一.雇人は兄弟と思うべし。客人は家族として扱うべし。

一.誠実によりて得たる信用は最大の財産なりと知るべし。

一.清潔、整頓、堅実を主とするべし。

一.人もし全世界を得るともその霊魂を失わば何の益あらんや。人生の目的は金銭を得るにあらず。品性を完成するにあり。

以上

 商人が、「儲けること」は、理にかなっています。大切なのは、どう儲けるかなのです。商品の仕入れをし、それを求める人たちの必要に届くために、原価の二割とか三割の利益を加えるのは良いのです。仕入れのための諸経費、売るための経費、働く人たちの給金、売れ残り商品の処分での損失、宣伝費、減価償却費などを計算し、損得の中から、次の仕入れをしていくための資金、事業拡張のための備蓄なども必要なのです。

 遠方に行って買ってくることを考えるなら、大量に仕入れる商人からなら、物の単価は低くなります。ですから、その利便性を考えて、仕入れの費用を計算して、正直な儲けなら良いわけです。サーヴィスを提供するのも同じなのです。

 この「儲(もう)ける」と言う漢字の解字は、「人」と「言(ことば)」と「者」によってなっています。買う人と売る人、生産や加工をする業者と仕入れ人、商人と卸し屋、サーヴィスする人と受ける人、人と人が関わる場面で、言葉が介されて、この社会が成り立っています。

 私の住む街に、明治5年に、県の中央部の茂木町で創業した商店が、今はスーパーマーケットになっていて、その支店があります。その企業理念が、「正直」だと掲げているのです。この創業者は、近江(滋賀県)の出身の方だそうで、いわゆる、「近江商人」です。

 この近江商人の商法に、「三方よし」があるそうです。「買い手」も、「売り手」も、「世間(社会)」も、すべてが満足できるための事業のことなのだそうです。もう一つ商人で有名なのが、「甲州商人」です。『甲州商人が通った後は、ぺんぺん草も生えない!』と言われたほどに、抜け目ない商いをしたのだ様です。

 甲州人であることが嫌いな甲州人から、こんな話しを聞いたことがあります。『夏になると、「蚊帳(かや)」を担いだ商人が、門先を訪ねて売るのです。蚊に刺されて悩まされている人は、上手な口上にのせられて、これを買い求めます。夜になって、蚊帳を吊りますると、天井の部分のない、故意の不良品だったのです。売り手は名刺も残していませんから、苦情を訴えることもできず、泣き寝入りになる、甲州商人の悪徳商法の一例です!』

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 甲州人がみなさんそうだと言うのではないのでしょう。それほど儲けるためには、なんでもしでかす危険性があると言うのでしょうか。私たちが便利に利用している東武鉄道が営業不振だった時に、甲州人の根津嘉一郎が、テコ入れをして営業成績を回復しています。あの根津財閥を興した方で、大学を開学したり、下野(しもつけ/栃木県)や上野(上野/群馬県)の奥地にまで、この鉄道を敷設して、首都東京と結び続けている功績は大きい様です。

 暴利を求めず、買い手が幸せになり、社会が円滑に機能するのは良いことです。内村鑑三の掲げた理念や信仰が、実社会の中にも生きている証であるのが、私には嬉しいのです。学者や教育者だけではなく、商業界やホテル業界にも、人のあるべき生き方に、善い感化や浄化が及んでいるのは、一人の人として感謝なことであります。そんな理念で経営してきた、群馬、下野国の星野温泉に、一度は泊まってみたいと思いつつ、果たせずにおります。

(ウイキペディアによる「星野温泉」の一郭にある温泉、東武電鉄の車両です)

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