昭和情緒

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 家内が、初めて入院した時に、帰国して、次男の家に居候していたことがありました。GUNZE製の下着を好んで着用していたので、それを買って上げようと、次男に話しましたら、『巣鴨が好いよ!』と言ってくれたのです。

 JR山手線は、池袋より向こうには、あまり出掛けたことがなく、不案内でしたが、東急東横線で渋谷に出て、山手線に乗ったのです。巣鴨駅からしばらく行ったところに、放射線状に行く商店街があって、そこが「巣鴨商店街」なのです。

 昔から、地蔵信仰で参詣客が多くて、その道筋に市が立って、大変ににぎわっていたのだそうです。江戸彼岸桜と大島桜との交配で咲き始めた「染井吉野」で有名で、その桜の発祥地が、「染井」で、この巣鴨の近くなのです。

 その街が、「おばあちゃんの原宿」と呼ばれていると、次男が言っていました。東京の街には、商店街の名所が多くあって、下町情緒のあふれる店が軒を連ねている風情が残されています。それでもスーパーマーケットの勢いに押されながらも、それでも地域に密着した商店街は、商いを続けているようです。

 私たちの住む地域も、昔話を聞きますと、かつては押すな押すなの人で溢れかえっていた商店街だったそうです。江戸、明治、大正、昭和と、時代は変わりながらも、栄えていたのですが、車社会になって、大型スーパーが郊外の沿線道路脇に出店してから、どこの街も、その様相は一変してしまったようです。

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 駅からの道筋に、何軒かの喫茶店が、近所にあって、年配者のお客さんが、コーヒーを飲みながら、昔語りをしておいでなのでしょうか、時を過ごしている様子が、窓ガラス越しに伺えます。

 昨日は、友だちが届けてくれたと言われて、近所のご婦人から美味しいイチゴと新玉ねぎをいただきました。先週末には、お隣の群馬の出身の方が、小玉スイカが届いたと言って、お持ちくださったのです。そんな、《昭和のやりとり》が残されていているのです

 時が静かに流れていき、昔を思い出しながら、共通の思い出を語りながら、ここには交わりが残されています。みんな若い日があり、楽しい思い出も辛い過去もお持ちなのです。それで今があります。その巣鴨商店街で、冷やし中華を食べたのを思い出しました。これも昭和の味覚でしょうか。

(ウイキペディアの巣鴨商店街、冷やし中華です)

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