呼び水をするようにして

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 この街のあちらこちらに、こんな「手押しポンプ」が残されてあります。この写真と同じポンプが、父の家にあって、母の炊事や洗濯や風呂のための水を汲み上げるために、手伝いをしたことがありました。けっこう深い井戸に、このポンプの鉄管が固定されて、地下水の箇所に下りていたのです。時々、水が落ちてしまうので、バケツに隣の家の水をいただいて、「呼び水」として注ぐ必要がありました。しばらくポンピング(pumping)していると水が上がってきて、バケツに溜めることができ、母の必要のために、それを運んだのです。

 この写真のポンプだって、ゴムのパッキンを交換して、呼び水をすれば、地下水を汲み上げられそうです。それで、取り払わないで、残してあるのでしょうか。下のポンプは、代官屋敷跡の近くにあって、ポンピングしましたら、水が出てきました。この街には、奥日光の方から、良質な地下水の水脈があり、湧き水も多いと聞いています。

 結局、あの家事手伝いで、自分の体力をつけることができたのだと思います。それだけでなく、お風呂を沸かすための「薪」を割る手伝いもしたのです。丸太を切って荒く割ってある薪が、店から届けられると、それを細かくするために、鉄の重たい刃のついた「薪割り」を振り下ろして割りました。病欠児も、風邪をひかないでいると、母が家事の手伝いをさせてくれたのが、回復のためによかったわけです。

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 その細かく割った薪で、焚き口で火をつけて、お風呂を沸かしたのです。ポンプから、ブリキで作った「トイ(樋、父の家では〈トヨ〉と言ったでしょうか)」で井戸から汲み上げたみずを、風呂桶に張ることもできたのです。その家事の手伝いをして、夕方、東京から電車で帰宅する父に、一番風呂に入ってもらいました。

 何時ごろからでしょうか、電気式で揚水できる様になって、『なんて便利な時代になったんだろうか!』と感心しました。今は4階の部屋に住んでいますが、こんな高いところで、蛇口をひねると、水が出るのが不思議でなりません。よその家で井戸から、鶴瓶(つるべ)で水を汲んだことがありましたから、地下に敷設された水道管から配水する、電気式を考えついた技術にも驚かされます。

 人間が持っている「可能性」を、地下水に例えると、その水を生活用水として使うために、「ポンプ」が必要なように、また水が落ちた時の「呼び水」が必要なように、また水を通す「トヨ」のような道具類には、大きな役割がありました。この「可能性」を引き出すのが、「教育」なのでしょうか。意欲や興味を引き出すために、教師の一言が、大きな役割を果たすのです。” educate “ は、「引き出す」というラテン語から来てると聞き覚えがあります。

 こればっかりで、申し訳ありませんが、『よく分かったわね!』と、言ってくれた小学校2年の時の担任の先生の一言が、私には忘れられません。相対性理論やハインリッヒの法則を教えてくれたのではないのです。たった「一言」が、病欠児で、自信喪失の自分の意欲を引き出してくれたのです。

 そう言った「ポンプ井戸」や「呼び水」の様に、「トヨ」の様に働きかけてくださった方々がいて、今の自分があるのだと感謝しているのです。

(家の近くと代官屋敷跡のポンプ井戸、ウイキペディアによる薪割り〈斧〉です)

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