馬耳東風

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 『たきぎがなければ火が消えるように、陰口をたたく者がなければ争いはやむ。  陰口をたたく者のことばは、おいしい食べ物のようだ。腹の奥に下っていく。 (箴言262022節)』

 『私の恐れていることがあります。私が行ってみると、あなたがたは私の期待しているような者でなく、私もあなたがたの期待しているような者でないことになるのではないでしょうか。また、争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動があるのではないでしょうか。(2コリント1220節)』

 人の寄り集まりの集団の中で、陰口、悪口が聞かれることがあるようです。どうもキリストの教会の中にもあって、少なくともコリントの教会の中にはあったようです。コリントには、政治的な問題、異教徒との問題、夫婦関係など、道徳上の問題もあったのです。

 コリント教会の近くにあったケンクレアの教会に、姉妹で「フィべ」がいて、パウロがこの姉妹を、「執事(奉仕者)」と言っています。この姉妹は、パウロの伝道を、個人的に助けていたのです(⇨ロマ1612節)。手紙を届けるために、その任を、このフィべに託していますから、信頼の篤い姉妹だったことが分かり、ローマの教会に、彼女を助けるように依頼しています。
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 そのような信仰の篤い、忠実な姉妹だけではなく、パウロがテモテに書き送った手紙の中にも出てくるような、『そのうえ、怠けて、家々を遊び歩くことを覚え、ただ怠けるだけでなく、うわさ話やおせっかいをして、話してはいけないことまで話します。 1テモテ513節)』、当時も、うわさ話、悪口、影口をする者もいたのです。

 これが、キリストの教会の内実であって、理想的な信者ばかりではなく、パウロが頭を痛めるような人たちもいたのです。パウロ自身も、陰口や悪口の対象でもあったのでしょう。この現実は、どうも避けられないことなのかも知れません。

 キリストの教会は、「教会の主」であるイエスさまが願われる理想の姿を描けるのですが、現実は、「赦された罪人」たちの集まりであって、さまざまの問題を抱えて、今日に至っているのです。エルサレムの教会から始まったキリストの教会は、内紛があり、対立があって、別の道に行く人たちが、教派を作り、教団を作り、『自分たちが、一番油注がれた群れである!と思い、さらに、その対立の溝を深めてきているのです。

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 あらぬ噂を立てられたのか、実際それだけのものでしかなかったのか、陰口に翻弄された覚えが、私にもあります。火のないところに煙が立たないのですから、非があったのでしょう。きっと、私だけではなくどなたにもおありでしょう。私は、人のことを、闇雲に他の者に話すことはしないで生きてきました。ある方が、「団扇(うちわ)」を書いて送ってくれたことがあったのです。当事者間だけに、すなわち「内輪」なことにしたらとの勧めで、私たちの決心を後押ししてくれたのです。

 何を言われても構いませんが、周り回って、家族の耳に入るのは困ったものです。でも、主は、それを許されておいでなのだと思って聞き過ごしてきました。大切なことを学んだのですが、馬耳東風に聞き流すことです。与太っ口(ある地方の方言で「無駄話」のことです)に、どなたも煩わせられないことです。

 やがて教会は、教会の主をお迎えする花嫁のように、聖くされて、その婚姻の席に出るのです。今は煩わしいことばかりかも知れませんが、御前に立つことのできる者とされる、この希望を持ちながら、この世の中で、主が願われるような者と、さらに変えられていきたいものです。

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