結婚

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 「神である主は仰せられた。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。(創世記 2章18節、24節)」

 自分を見ますに、内側に、感情的な愛し合いされる必要、社会的な他者との交流の必要、肉体的な接触の必要があるのが分かります。人は、その様な必要を持って造られているのです。神さまは、最初の人に、「一人でいる」寂しさや不足感を知って、女性をお造りになりました。それで、「ふさわしい助け手」として、人のそばに連れてこられたのです。

 1971年4月4日、日曜日、その朝の礼拝を守った夕方、上の兄の司式で、母教会で家内と私の「結婚式」が行われました。人を造られ、男から女を造られた、この二人は「結び合い」、「一体となる」と言われたのです。それは精神的、社会的、肉体的な「結合」と「一体」をもたらせて、その必要を満たされる様に願われたからです。

 私は、パスカルが言った、『人の心の中には、神が作った空洞がある。その空洞は創造者である神以外のものよっては埋めることができない。』と言う「空洞」を持っているのに、心から同意していました。それは、父母や友人や妻によって満たす以外の「存在の空洞」であって、神以外に満たすことのない、「霊的な必要」です。

 仕事を持ち、配偶者を持ち、子どもたちが与えられて、人は人となるのですが、神無しでは、真に人となることができないのでしょう。私の十代に、突き上げる様な強い欲求があり、二十代半ばの私の内側にも、同じく強い激しい欲求がありました。それは女性に触れたいと言う強烈な願いでした。まさに、マグマの様に突き上げてくる、思いの中にあった欲求です。人を創造された神さまが、人の内に備えられた欲求なのです。仕事をしたり、学んだり、社会的な活動をする以上の内的で個人的な欲求でした。これも神さまが「是(ぜ)」とされた、人が本来生まれ持った欲求なのです。

 その欲求を正しく満たすための枠組みこそが、神さまの摂理の中の「結婚」だと言えます。家内は、純潔を守って処女のままで私の「妻」となりました。ところが私は、すでに女性を経験していたのです。聖書は、婚外の関係を「寝る」と言い、結婚の関係を「知る」と区別して記しています。

 「姦淫してはならない。(出エジプト20章14節)」

 なぜいけないのかと言うと、この性的な関係は、快楽や満足をもたらすだけでなく、新しい命の誕生につながるからです。命の付与者、創造者の神さまは、命の誕生の神秘さを保つために、婚外で生まれてくる新しい命が闇に葬られたり、不幸に生きていくのを避けるために、この戒めを人に与えられました。結婚していても独身でも、「純潔」を守ることを、人に要求されたのです。ですから「神聖さ」の中に、神さまは性を位置付けたわけです。神さまの定めを、人は守らねばなりません。結婚を神聖に、健全に保つための勧めなのです。
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 私は、この戒めを知っていて、『いけない!』ことを重々分かりながら、悶々として苦悩していました。それが私の十代だったのです。けっきょく「結婚」まで待つことができず、守り切れませんでした。でも聖霊に満たされ、痛恨の悔い改めの涙を流した時に、その罪からの赦しを確信したのです。もちろん結婚する前に、妻と決めた家内には謝りました。

 女子校で教え、同じ敷地内に短大生がいて、同僚にも、短大にも専門学校にも、独身の女性教職員がいました。attackしてくる女性軍の前で、身を固める必要を痛切に感じていたのです。牧師をしていた兄が、教会に行き始めた私に、一人の姉妹を紹介してくれました。母の同信の友人の娘で、ピアノの伴奏を、教会の礼拝でしていました。その彼女には、結婚を踏み切るために、私への一つの条件があったのです。それは《聖霊に満たされること》でした。それを主の前に求めたそうです。その条件を、私が満たして、彼女は結婚を決心し承諾したのです。

 「あなたの泉を祝福されたものとし、あなたの若い時の妻と喜び楽しめ。 (箴言5章18節)」

 私の感情、社会的欲求、そして肉体的な欲求は、神が、私のそばにおいてくださった妻によって、満たされたのです。それは、霊的な欲求が、神さまとの和解を通して満たされたことによったもので、完全な自由を得たのです。後ろめたくなく、罪を赦され、若い時の妻を歓び楽しむことができたのです。同じ救い、同じバプテスマ、同じ聖霊に預かった妻こそが、「ふさわしい助け手」であったからです。

 さて結婚後も、たびたび誘惑の手は、巧みに近付いてきましたが、はっきり拒んで今日まで、結婚の契約の中を生きてくることができたのです。それは、私の強い意思や不動の決心などにはよりませんでした。神さまからの意思の弱い私への憐れみによったのです。

 危なっかしい私を、その契約に中に保ってくれたのは、もう一つは、主が私の傍においてくれた家内によります。けっこう家内は本能的に、危険な信号が点滅し、私に近付き始める誘惑を察知することができるのです。そんな誘惑の手に気付いていない私に、たびたび注意を促してきた、この《50年》でした。

 主の祝福の中で、罪意識なく交わした「一体」によって、素晴らしい四人の子が与えらました。伝道者として働きながら、彼らを二人で育て、教育を受けさせ、その責務に専心しました。その四人の子が、今は立派に社会の中で責任を果たし、家庭を持っているのは大きな恵みなのです。

 もちろん夫婦関係は、性的なものだけではなく、結婚の中に定められた社会的な意味、精神的な意味があり、さらに「霊的な意味」があります。それで私は、家内と一緒に祈り、学び、夢や幻を語り合ってきました。いつでしたか華南の街のアパートの門から入ろうとしていた時、もう薄暗かったのですが、一人のご婦人が、私たちを見て、『好夫妻呀haofuqiya/素敵なご夫婦だわ!』と言って通り過ぎて行きました。

 きっと仲良く、かばい合いながら歩いている様子が、よかったのでしょう。教会の中にいた、結婚前の適齢期の男女も、老夫婦の私たちが、ともにいる姿を見て、安心を覚えて、自分たちの結婚のモデルの様に思っていてくれたのだそうです。

 まさに家内が私に忍耐し続けた年月でした。もう原因を忘れてしまいましたが、3番目の子が、家内のお腹の中にいた時に、上の2人の子を連れて家出をしたことが、家内にありました。それが最大の結婚の危機だったでしょうか。八ヶ岳の清里の民宿に一泊して、その宿のクリスチャンの老夫妻に諭されて、二人のこの手を引いて、家内は私のもとに帰って来たのです。

 我儘な私に、家内が耐えた年月でしたが、伝道の仕事をし、導かれて、中国の華南の街で過ごしたことも、病んで帰国したことも、みんな感謝な今のある、「ふさわしい助け手」と共に過ごしてきた《50年》だったのです。

(愛妻の好きな花「マーガレット」と「秋桜」です)

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