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人は、貧困、飢餓、自然災害、病気などと戦い続けてきています。それらは、命を脅かすものだからです。その戦いの相手の一つに、「痛さ」があったのでではないでしょうか。歯の痛み、耳の痛み、電柱にぶつかった時の痛み、刃物で怪我をした時の痛みなどの肉体的な痛みがあります。そればかりではなく、心に感じる「痛み」があります。それを「心痛」と言うのでしょうか。
「痛さ」は、人類の敵なのでしょうか。痛みがないと、けがや病気の発見が遅れ、体が深刻なダメージを受けてしまう危険性があるから、本能的に、それを避けてきた歴史があります。『痛いよう!』と言って、母に何度訴えたか知れません。母は、痛いところに手を置いては祈ってくれました。今夏、今まで感じたことのない頭痛に見舞われ見舞われました。鈍痛という痛さでした。反射的に水で、飲まずに家にあった頭痛薬を飲んだら、治ったのです。後で、知人に聞きましたら、「熱中症」だと言われて、納得したのです。
宣教師さんが2年に一度の帰国時に、礼拝や聖書研究機に忠実に集っていた若者がいました。家内が出産や、子どもの世話で行けない時にも、宣教師宅の一室に集って、一緒に賛美し、祈り、聖書を読み、分かち合いました。高校を出て、隣県の会社に就職するまでの間、そんな交わりがありました。その頃、県立高校に行っている高校生たちが来ていましたが、宣教師夫人の接し方が微妙で、工業高校生の彼とちょっと接し方の違いがみられていたのですが、宣教師家族の不在中に忠実に集っていたのは彼だけでした。
就職先に、時々訪ねて、一緒に喫茶店で、コーヒーを飲んだりしたのですが、実家への帰省時にはもう来られなくなってしまいました。それは、心の痛い経験であって、今、彼はもう七十代になっておられるのですが、いまだに気がかりに思い出すのです。ある時、旧約聖書の「哀歌」を読んでいると言っていたのが、不思議だったのです。私の「心痛」の一つです。
いまだに、遠く私たちを訪ねて来てくださる方たちがいて、交わりが続いているのです。家内が好きなのでしょう、病んでいる今、今夏は、中国から何人かの姉妹たちが、教会を代表してでしょうか、見舞ってくれました。日本語を教えていた小学生が、大学生になって、来てくれました。来月は、学会出席で日本に来られると言って、ここまで足を伸ばしてくれる兄弟がいます。ブラジルに18で移民した長兄の子、姪が家族で、はるばる訪ねてくれました。涙ながらに二人がハグし合っていたほどです。
その兄は、すでに亡くなっていて、一度も帰国していませんので、ことのほか、家内は姪が愛おしかったようです。別離も、辛く痛みのある経験、心痛い経験ですが、そう言った慰めもあるのでしょうか。
私が、大きな手術をした時に、岡山の長島にある療養所にある教会から、けっこう大金の献金を頂いたことがありました。私の次兄が腎臓病で病んでいた時に、左腎を提供して移植手術を、39歳になる秋にしたのです。それを聞かれたみなさんが、牧師さんに託して贈ってくださったのです。驚いてしまい、尊すぎて使えず、その頃病んで入院しておられた宣教師さんの必要のためにそのまま送ったのです。
そのハンセン氏病で隔離されていたみなさんは、指がなかったり、眼がなかったりしている方がいるのだと聞いたのです。菌は微弱で、感染力は弱いのですが、問題は「痛み」を感じないことなのだそうです。それで怪我をして、大きなダメージを負われるのです。ただ、みなさんは、社会から断絶されて、隔離されてしまった、国家権力による、強制的な孤独感や孤立の「痛み」は強烈でした。
「痛み」を敵として、私は、それに耐えられずに、避けようとして、術後に、麻酔薬が切れて、目覚めた時には、ひどい尋常ではない激痛を避けようとしたのです。目覚めた私を覗き込んでおられた看護師さんと目が合った瞬間、鎮痛剤を打ってくれる様に、すぐに、必死なって嘆願したのです。あれは最高度の痛みでした。
さて聖書に、救い主メシア、「苦難の僕」の感じられた「痛み」のよげんが記されています。
『 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。 彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。(イザヤ53章4~7節)』
これは、救い主イエスさまの「苦難の預言」なのです。33年半のご生涯に味あわれた「痛み」の預言と言えます。この「痛さ」を通して、とりわけ、「十字架の苦難」があって、私は罪が赦されたのです。このイエスさまの十字架が分かったは、25才の時でした。アメリカ人の説教者が、私の頭に手を置いて祈ってくださった時に、聖霊に触れられた、満たされたというべきでしょうか、突然、異言を語り出した時にでした。
子どもの頃から教会学校に連れられて行き、17才で信仰告白をし、22才でバプテスマを受けたのに、「十字架」も「救い」も「義認」も「子とされること」も分からなかった、そんな私の突然の理解と感謝の時でした。大泣きしたのです。痛まないでよい神の子なのに、イエスさまが十字架で味わわれた「痛み」が分かったのです。自分の人生がひっくり返されるほどの体験でした。
その時、高校の教師で、お世話くださった方の肝入りで、やがて大学でも教える道筋を用意していただき、そこに向かってまっしぐらだった自分の野心が、完全に砕かれてしまったのです。その時、何と伝道者になりたいと思ったのです。福音宣教をしたい想いに満たされたのです。そんな思いを持ったことは一度たりともなかったのにでした。
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そんな私が生きていく上で、何が大切であるかを、私に教えてくれたのは、ハンセン氏病に罹られ、収容され、隔離されて心傷んだ経験をされたみなさんからでした。「痛さ」こそ、痛さの叫びこそ、今や地球上に満ち溢れ、聞こえており、ますます大きく肥大化されている、信じられない規模の災害なのだと言うことでした。IT全盛、ますますITに占領されるに違いない、この地上に、人間の手ではどうにも制御できないことごとが、地上に、全宇宙に、人の心の内に起きています。不安と恐怖とが、皮肉にも、今便利になった科学万能の世に人の心の中に、ますます増え広がっているのです。
人は、自分の心さえも治めることができないのに、科学が一人歩きしている時代、言い知れぬ不安が満ち溢れています。どうしたらよいのでしょうか。「痛み」を知り尽くしておいでの、救い主イエスさまにお任せする以外になさそうです。「恐れるな」と、主イエスさまは仰っておいでです。
『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。(イザヤ41:10)』
(“Christian clip arts“ 、“いらすとや”のイラストです)
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