.
.
朝目覚めると、決まってわが家のベランダに出ます。眼下に、巴波川が見えます。ここの川幅が8メートルほどでしょうか。その源流は、湧き水の池で、栃木の市街地を抜け、「部屋(へや)」で、春と秋には、上流の足尾山系の渓谷美を誇る渡瀬川に合流します。
江戸期の初めに、亡くなった徳川幕府の創始者の家康の亡骸を、家康の遺言で、駿府の久能山から日光に移すために、東照宮が設けられることになり ました。その設営のために、江戸から資材が、主に、この川の「舟運」によって運び上げられたのです。その帰り舟には、江戸で必要な物産が運ばれ、北関東の有数の商都と、栃木がなっていきました。
「都賀舟(つがぶね)」と呼ばれる、小舟が、その運搬に用いられ、部屋で、「高瀬舟」に積み替え、利根川を上り下りしたのです。この江戸川は、徳川幕府が施工した、人口河川で、江戸を洪水から守るためと物流の溜めに、大工事がなされて、江戸湾に流れ下っています。その合流地が、「関宿(現在の千葉県野田市にあります)」です。この川で有名なのが、「渡(わたし)」しで、橋を架けるのを禁じられた江戸期には、どの川にも、そのような渡し舟が行われていたようです。
自分の小学校時代を過ごした街にも、その渡しがあって、夏場は、その近くで泳いだり、次兄は、うなぎの仕掛けをしたりしたのです。歌(ちあきなおみが歌った「矢切りの渡し」)に歌われて有名になったのが、江戸の外れの葛飾の柴又と、下総の野田をつないだ「矢切の渡し」です。柴又は、映画「男はつらいよ」の舞台になっていて、そこから乗車したタクシーを舞台にした映画が、「Tokyoタクシー🚕」を昨晩、夫婦で観たのです。
老いて85歳の高野すみれ(「男はつらいよ」のトラさんの妹のさくらを演じ続けた倍賞千恵子が演じた主人公)とが、宇佐美浩二運転の個人タクシーに乗車したのが、この「柴又」なのです。ギネス記録の「男はつらいよ」を監督した山田洋次の2025年秋に封切りした映画作品です。
いつの間にか迎えた「老い」をヒシと感じております私たちですので、どう老いを迎え、生きたかの物語は、humorousでsentimentalで、「名匠」の山田洋次監督ご自身も94歳で、波瀾万丈の人生を生きてきた、スタッフのみなさんの老いを、直接間接に触れられた映画だったのです。
米軍のB29が投下した焼夷弾で、おおくの木造家屋が焼失して、逃げ惑う父親と、言問橋(ことといばし)の上で死に別れた、5歳のすみれの半生が思い返され、軽妙で、また、けっこう厳粛な犯罪者の過去を持つすみれのアッケラカンとして、越し方を思い返す、一人の老婦人の人生が、身につまされて迫ってきました。自分は、中部山岳の深い渓谷の旅館の離れで生まれていますが、二人の兄と同世代の桜の生きた時代を、身をもって思い返させられたのです。
一才違いの「姉さん女房」の家内は、東京で防空壕の中で、空から降る焼夷弾を避けた記憶があるそうで、兄たちの記憶と重なり合うようです。まだ揺籃の中で、アヤスヤと寝ていた自分も、その時代の只中にいたわけです。父を亡くし、戦後を母親の手で育てられたすみれは、一見アッケラカンとしながらも、東京の下町の厳しい、戦後の経済状況下の母子家庭で育つのです。
このすみれの乗車したタクシーの行き先は、神奈川県葉山の老人高級施設なのです。思い出の街を通り過ぎ、窓越しに懐かしそうに眺めるすみれがアップされていました。その懐かしい子ども時代、悲しい青春期を回想する様子を、妻子を養う浩二が頷きながら聞き、だんだん本気になって聞き入る様子が興味深かったのです。在日朝鮮人の素敵な若者との恋、南北朝鮮戦争の後、北朝鮮の建国に心燃えて、その人が帰って行くのを、新潟港で見送り、切なくも別れてしまいます。ところがすみれは、彼の子を身籠もって、母親に助けられながら、男の子を育てていく哀感が強烈でした。
子持ちで結婚した相手の暴力、連れ子への虐待、けっきょくその男を大火傷させた殺人未遂事件を起こしてしまうのです。懲役9年の実刑判決を受け、母親に子を任せて服役します。その母不在の子は、オートバイ事故で亡くなってしまい、自死も考える中を生き延びるのです。横浜の美しい景色を見られるベイブリッジを渡る時、そんな話を聞いた浩二は、まるで心理カウンセラーのように、『今、生きているからこんな景色を見られるんです!』、『死ななくてよかったんだ、すみれさんは。』との言葉を語ります。
このすみれと浩二との話のやり取に、なんとも言えなく哀感が迫ってくるのです。一人の狐老の女性を乗せて走る浩二は、子育ての課題を持つ働き盛りの中年(自分の長男と同年齢のキムタクが、アイドルだった雰囲気で青年ポク感じさせても、やはりオジさんでした)のタクシー運転手、戦争を知らない浩二に、すみれは戦時体験を、恋を、結婚生活、家庭、犯してしまった罪を聞かせ、今の自分を見せ、感じさせながら、葉山行のタクシーに乗り続けていくのです。
娘の音大付属校への推薦のとれる進学、タクシー運転手の家庭の経済的な現状を、すみれになんとなく語る浩二、運転中に、娘から、横浜の有名なシュークリーを、帰りに買ってくるように言われ、可愛い娘の必要に届こうとする、父親として、子煩悩ぶりを見せます。妻が、目の綺麗な初恋の相手の同級生で、自分の過去も、浩二は語るのです。娘の音大付属校へ進学、借入金の返済、車検代の支払いなどの現実を抱えながら、タクシーの内と外をつなぎながら、横浜のホテルで、二人で夕食を摂るのです。
肉を美味しく食べる浩二の様子に、『いいなあ!』と、ビールを飲みながら漏らすすみれのことばと、仕事中の運転手との打ち解けた交流が、ホノボノトシテとしていて、なんだか家族、親子を感じさせような様子が、山田洋次流の演出なのでしょう。
街中の店で、シュークリームを、浩二の娘に買うすみれ、腕を組んで歩いていいか、と浩二に聞くすみれ、そうこうしている間に、目的地の瀟洒なホームに延着する二人、別れ際に、タクシー代を払い忘れたと、ドアー越しに語るすみれに、『また妻と来るから、その時に!』と言って辞す浩二、意味ありげな別れでした。
一週間ほどたって、妻と二人でホームを訪ねると、すみれは2日前に亡くなったと、ホームのマネージャでしょうか、彼からw告げられるのです。すみれの葬儀に、妻と二人で列席して、さて帰ろうとすると、柴又で見送った初老の老人(これを演じたのが、監督お気に入りで、「武士の一分」でキムタクと共演した高野尚史でした)が、帰ろうとする浩二を追って来て、事務所に来るように言うのです。
すみれが記した手紙を、司法書士が、浩二に手渡すのです。その手紙には、出会いと運転の感謝が述べられ、自分の経営していたネイルブティックと家とを処分したと言って、なんと小切手が同封されていたのです。それは、娘の入学金を遥かに上回り、家族三人でヨーロッパの音楽会出席の旅行を促すことが記されてあり、驚くほどの高額でした。母子家庭で育ったすみれ、人生最後の大盤振る舞いで、浩二家族の憂いを奇跡的に吹き飛ばしたわけです。驚きの終章でした。午後から夕べまでの短かな交わりが、そんな素敵なものを生み出すことが、もっとあったら素晴らしいですね。
想像を絶する過去をもちながら、飄々と老いを生きて、走り抜けていった、高野すみれの人生の終章が、羨ましく感じられたのです。すみれと同じ心臓の病を持つ自分も、アッケラカンと幕を下ろせるでしょうか。自分では、どうも選べないので、子どもたちに迷惑にならないようにと願う、まだまだ酷暑の初秋の午後です。美辞麗句の葬儀不要、土から出て、土に帰る自分には埋葬不要、永遠のいのちに預かれると確信する自分です。天国で再会しましょう。
高野すみれを演じた倍賞千恵子は、あんなに素敵な声で歌い、日本レコード大賞新人賞も受賞し、長年映画俳優で活躍し、ギネスで表彰される映画の主人公の妹役をこなし、山田洋次監督作品の主演、助演をし続けて来ました。今では、快くお婆さん役をするのですが、老いて一線を退かずに、現役を続ける、役者魂に、拍手を送りたいのです。だれもが歳を重ね、美貌も衰えるのですが、今の自分を、演じて、日本アカデミー賞最優秀女優賞を4度も受賞するキャリアに拍手を添えたいのです。
(“いらすとや”のタクシー、レストラン、“ウイキペディア“のシュークリームです)
.


