クリームパンと草餅と

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 子どもの頃から、買い食いをする時に、いつも買っていたのが、砂糖をまぶしたピーナッツと菓子パンの「クリームパン」でした。コッペパンに、コロッケを挟んでソースのかかったパンも、あんこの入ったアンパンも美味しかったのですが、柔らかいパンの中に、なめらかで、黄色くて甘いクリームが入っていて、こぼれないほどほどの硬さもあって、これほど美味しいと思ったものはありませんでした。

 父の家から駅にゆく道に、街のパン屋があって、そこでも売っていました。このクリームパンの発案者は、新宿の「中村屋」の創業者なのだと言うことを、後になって知ったのです。長野県人で、早稲田に学んだ相馬愛蔵と国光夫人の発案なのです。愛蔵は早稲田時代に、内村鑑三の教えを受け、クリスチャンだった人です。

 故郷で養蚕の事業をしていたのですが、東京に出て、「万朝報」の広告を見て、本郷にあるパン店を買い取って、奥さまと共に、製パン業を始めたのです。国光夫人は、仙台藩士の娘で、宮城女学院やフェリス女学院に学び、この方も14歳でバプテスマを受けたクリスチャンでした。

 そこで作られたのが、このクリームパンだったのです。滋養に富んだパンだとの謳い文句で売り出され、一躍、東京で市場を折檻するほどに繁盛した主要商品でした。喫茶部を設け、中国では銘菓の月餅を作って売り出したりしたのです。中学と高校の一級か二級上に、新宿中村屋の創業者の孫がいました。

 相馬愛蔵は、「一商人として」という書を残しています(「青空文庫」で読むことができます)。日曜日の営業について、内村鑑三に、『日曜日だけは商売を休んで、教会で一日を清く過ごすことは出来ませんか。』と、聖日礼拝遵守を勧められますが、葛藤の末、営業することを選び取っていきます。

 私は、副業で、清掃業を月に二度ほど、スーパーマーケットから請け負って、子どもたちの就学時にしていました。日曜日の夜11時から始めて、よく月曜日の早朝、営業開始に間に合うように仕上げる事業をしていました。

 自分は、厳格な聖日遵守主義者ではなく、その収益で、一緒に奉仕していた方たちの経済援助もでき、主に許された確信で、guilty を覚えることなく、長年続けたのです。その事業を、主から受けた確信があったからです。もちろん、人には勧めませんが、破ろうとする不信の行為だとも感じませんでした。

 牧師会があって、店の定休日だった時には、同労の友人たちにも一緒に手伝ってもらったことも、帰省中の子どもたちの協力もありました。頼まれてコンビニショップの床掃除もしたこともありました。真夜中に、いったん店のシャッターを下ろして掃除をし、ワックス仕上げをしたのですが、体調の悪い時に、中学生に娘が、『私、一緒に行って手伝うね!』と言ってついて来てくれました。あんな嬉しかったことは、後にも先にもありません。

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 長くさせていただいたスーパーマーケットの床掃除は、子どもたちの教育が終わって間もなく、店の改装があって終わりました。その事業をやめてから、ずいぶん長い間、ワックスが床にのらないで起こる、powdering  (粉化現象)でやり直しをしたり、ワックスが足りなくなったり、人員不足になった時の夢を見ることがあったのです。なんと、今でもたまに魘(うな)されます。

 いろいろなことがあっての今は、平穏ですが、老いて行く自分を感じながらも、それなりの感謝を覚えて過ごせるのは、本当にありがたいことです。寒くなるので、生前、母が買って未使用の「綿入り半纏」を、兄嫁が、クリーニングに出して、家内にと送ってくれました。夏のような陽射しが、東の窓から入ってきた秋の朝です。

 そんなことを思っていましたら、懐かしいクリームパンが食べたくなってきました。新宿に行かなくても、ヤマザキ製のパンは、スーパーマーケットの棚にありますが、やはり、新宿中村屋の件(くだん)のクリームパンを、また食べてみたいものです。その新宿までの直通の特急がありますが、片道3050円で、往復6100円で、一個200円ほどでしょうか、そんな高いクリームパンは食べられそうにありません。

 その特急で、下の息子が、時々やって来てくれます。浅草向島の志満草餅(よもぎ餅)を、必ず家内の回復のために買ってきてくれます。きっと新宿の高島屋のデパ地下で、あちこち歩き回って、美味しくて健康的なものを物色しながら、あれやこれやと、京都や名古屋や、その他の土地の名物を、袋いっぱいに買ってきてくれるのです。

 思春期に、泣いて育て上げた息子の来訪は、家内の《最良の薬》なのです。『☆☆!俺の時間を返してくれ!』と言っていた、彼の担任が、そんな今の息子を見たら、何と思うことでしょうか。聖書に、

 『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。 (ロマ828節)』

とあり、辛かったこと、楽しかったこと、全てを織り交ぜての今は、ただ感謝だけだと、彼の母は、微笑みながら、今朝も言っています。

( 新宿木村屋のクリームパン、株式会社テラモトの写真です)

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