神の主権

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 『今日、国際紛争はまことにわたしたちを呆然とさせるばかりであります。人々の心臓は、恐怖のあまり、鼓動をやめさせてしまいそうです。野蛮な圧政は、幾千万の同胞を無残にも踏みつけました。4世紀前にカルヴァンが書いた言葉を借りて言えば、「世界の動乱状態は、わたしたちから判断力を奪ってしまいます。」こうした時代にあって、神の主権ということは、実に言い難い慰めであります。世界は冷酷、無慈悲な運命の手に陥ったのではありません。人間や悪魔の全体主義の餌食になったのでもありません。

 神の計画はいまなお厳存し、神は今なお、すべてよしとするときろをなしたまいます。「万軍の主は誓って仰せられた。「必ず、わたしの考えたとおりに事は成り、わたしの計ったとおりに成就する。(イザヤ1424節)」という言(ことば)は、依然として真実であります。人間史上のあらゆる不穏な事件を一貫して、全能の主なる神の主権的聖定が支配しています。たとえ、雲と暗黒が神をとりまこうとも、義と公平は神の御座の基であります。神は悪人共の不義な思いをとおして、義なる目的を実現なさいます。神は世界統治の手綱をしかと握っておられ、神が知りたまい、定めないかぎり、一羽の雀も落ちることはありません。

 実に神の予知と予定こそ、わたしたち信者は霊魂の慰めを得たいものです。これこそ、いと高き者のもとにある隠れ場であり、全能者の陰であります。それは永遠のなる神の絶対主権であります。わたしたちの主イエス・キリストの父なる神に他ならぬ方の絶対主権であります。また、まさに同じ普遍妥当性をもって、神人であり、受肉の御子であり、救主なる王、王の王、主の主であり給う主イエス・キリストの仲保者的主権であります。』

 『また、私は大群衆の声、大水の音、激しい雷鳴のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主は王となられた。(黙示録196節)』

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 この記事は、ジョン・マーレイ著の「神の主権(昭和30910日、基督改革派日本伝道会発行)」の最後の部分です。著者は、アメリカ合衆国フィラデルフィアのウエストミンスター神学校の組織神学の教授をされた方です。

 第二次大戦中、マーレー師は、神学校で、「神の主権」について講義をしていたのでしょう。侵略戦争がヨーロッパでもアジアでも繰り広げられ、国際社会で覇権が猛威を激しく現れ、多くの命が失われている現実の中でさえも、神が統治し、支配していることを、神学生に教えたのです。

 今まさに、青年期に受けた教育と、選んだ職業が、一瞬にして、民主化運動で打ち破られた挫折体験をした指導者が、あの夢をもう一度再現すべく、昔の様な強い支配体制、強権のある国家を建て上げてようとする野望が動機で、ウクライナが侵攻されています。昔の強い国家の再現という、一人の政治家が牙をむいていきり立っているのです。平和に過ごしてきた隣国に、兵器を用いて攻め入り、多くの命を奪い、街々を破壊し、平和を打ち壊して、なおも猛々しくしています。

 神さまは、このかつての東欧諸国の間で起こっている殺戮行為を、放っておかれません。必ず裁きをつけずにはおかれないのです。人の悪が極まり、罪が満ちるまででしょうか、神の忍耐の限界を超える時でしょうか、わたしたち人には、それはいつかは分かりません。

 何が起きていても、全天全地を支配し、すべての人の業をご覧になっておられる神は、「義」と「平安」の統治者は、「天の御座」に、輝いて着座されていらっしゃるのです。神の御子のイエスさまは、「仲保者」で「救い主」でいらっしゃいます。

 「耳を植えつけられた方が、お聞きにならないだろうか。目を造られた方がご覧にならないだろうか。 (詩篇949節)』

 その神は、不義や闇が世界を覆おうとも、罪を見過ごされません。必ず「義の裁き」を下されるのです。

 「確かに、主は来られる。確かに、地をさばくために来られる。主は、義をもって世界をさばき、その真実をもって国々の民をさばかれる。 (詩篇9613節)」

( “ Christian  clip art ” による「神の栄光」を表すイラストです)

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