「新旧交代」、旧世代の英雄にとっては、悲哀を感じる出来事なのです。今、十六の孫が恋をして、親から、心理的に離れていく様子を遠くから見守っていますが、《親の保護と養育を受けている自分》をしっかり認めながら、その思春期の感情を堅実に持っているのを知らされて、二代前の私は、感謝するばかりなのです。
3日ほど前に、次女家族からFaceTime があって、“ アケマシテオメデトウゴザイマス!” と孫娘が新年の挨拶をしてくれました。最近は、日本語を勉強している様で、上手な発音でした。その上の孫息子は、『教会の仕事に出かけてるの!』と、そこにいない訳を話してくれました。婿殿もニコニコと話しかけてくれました。
父母☞子☞孫、世代交代が進んでいるのです。旧約聖書に、レビ記27章1~7節に、「人身評価」の定めが出ています。
『「イスラエル人に告げて言え。ある人があなたの人身評価にしたがって主に特別な誓願を立てる場合には、その評価は、次のとおりにする。二十歳から六十歳までの男なら、その評価は聖所のシェケルで銀五十シェケル。女なら、その評価は三十シェケル。五歳から二十歳までなら、その男の評価は二十シェケル、女は十シェケル。一か月から五歳までなら、その男の評価は銀五シェケル、女の評価は銀三シェケル。六十歳以上なら、男の評価は十五シェケル、女は十シェケル。もしその者が貧しくて、あなたの評価に達しないなら、その者は祭司の前に立たせられ、祭司が彼の評価をする。祭司は誓願をする者の能力に応じてその者の評価をしなければならない。(レビ27章2~8節)』
モーセの時代の「神からの人の評価」ですが、孫息子16歳ですから〈20シェケル〉、婿殿は〈50シェケル〉、そして私は七十代後半で〈15シェケル〉、家内は〈10シェケル〉なのです。年齢というのは厳然たる数値であって、どんなに若作りしても、鍛えた体を誇っていても、財産を数えても、生きてきた年月は、重く今の一人一人に加えらているのです。
次期大統領選への出馬を、どうするか考慮中の米大統領も、もう80歳です。第三期目を延長させてしまった中国の主席も、来年は70歳、みなさん引退の時期を過ぎているのに、自己過信か、周りの煽(おだ)てにのせられているピエロなのか、この「人身評価」のご自分を、誤評価しているなら、身の程を弁えなければならないのではないでしょうか。
今、将棋の世界は、「王将戦」が行われています。ハタチの藤井聡太氏と、52歳の羽生善治の戦いです。平成に台頭してきた羽生現九段は、昭和の名棋士たちを薙ぎ倒して、一人舞台を演じてきました。ところが、令和になって彗星の様に現れた藤井王将は、まさに「世代交代」の主人公で、破竹の勢いで棋界に君臨しています。
若者の出現に拍手を送りたい思いと、老兵を懐かしくも惜しむ思いとが、心の中でせめぎ合っています。「栄枯盛衰」、英語ですと、“ rise and falls “ と言うそうです。「盛者必衰」とは世のならいなのでしょうか。
我々世代の川上哲治、息子世代の桑田真澄、孫世代の大谷翔平、スター選手、実権者、親方は、必ず消えていき、新星が昇ってくるのです。貧乏人でも、名門家系の出でなくても、無教育でも、活躍できる分野がありそうです。ただ、次代を担う四人の孫たちが、主を怖れ、主の名を高く上げ、栄光を主に帰しながら、人を愛し、自分たちの人生の馳せ場を、無名で無冠でいい、謙遜に歩んで行って欲しいと願う、巴波川の辺りに住するジイジとバアバです。
(古代ユダヤの「シェケル」です)
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