聞くのは噂か預言のことばか

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 「35人ルール」、どんな事故でも、公表される死者数は、「35人」に決められて、公表されるのが、お隣の国の地方の都市で起こる事故や事件における死者数なのです。それ以上の数は、ほとんど例外なくありません。それは、周知の事実で、あちらにお住まいのみなさんは、実数を信用していません。どうしてかと言いますと、それ以上の人数になると、公に処罰対象になり、責任者は罷免させられたり、左遷、降格があるからなのだそうです。

 それを避ける保身のために、『実数を公表しないのです!』との通例になっていると聞きました。長い間、あちらで生活した時には、地震があっても、交通事故や炭鉱に落盤事故があっても、その犠牲者は、35人に上限が決められて、報道されていました。公表されるのが、地方の都市で起こった事故や事件における死者数なわけです。

 パニックが起きてしまうから、それを避けるのだとの言い訳もある様です。これって、日本でもありそうです。「事実」が公表されないのは、今に限ったことではありませんでした。報道規制がなされていた、戦時下に、『勝った、勝った、また勝った!』と、軍事作戦の成功を、煽り上げていたのです。

 偽装と虚偽の報告がなされる社会は、事実の上に立たないので、不安が満ちて、落ち着きません。不信が社会に満ちるのです。今回の地方選挙の中で、驚かされたのは、県会、百条委員会の決定で、失職した兵庫県知事が、選挙で返り咲いたことに驚かされたのです。すっかり自分が騙されたので、誹謗中傷の矢面に立たされ前知事の悪行報道を鵜呑みにして、ニュース報道を疑わなかった私は、狐につままれた様でした。

 テレビも新聞も、報道各社は、異口同音、同じ扱いでした。それを聞いて、自分も信じてしまったことは申し訳ないことと、反省させられています。事の真相が明らかになっていくのでしょうけど、言い訳をしなかった知事さんはすごいと思ったのです。

 人を陥れようとする悪意が、こんな形で行われるのは、珍しくないことですが、これからは、こう言ったことが、さらに多く起きてくるのでしょうか。自分では、噂話には関心を持たない様に生きてきたつもりですが、落とし穴に嵌(はま)る危険性が、いつでもありそうで、怖い感じがしております。

 武器や弾薬を使わない、「うわさ戦争」が、世の中にあります。正しく判断しないで、その四方八方から、あらゆるメディアを通してやってくる噂話に耳を傾けて、信じてしまわない様にしようと思う今です。

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預言者エレミヤは、次の様に警告しています。

『そうでないと、あなたがたの心は弱まり、この国に聞こえるうわさを恐れよう。うわさは今年も来、その後の年にも、うわさは来る。この国には暴虐があり、支配者はほかの支配者を攻める。(新改訳聖書 エレミヤ51章46節)』

 あふれるほどの噂話が起こった時代について、預言者エレミヤは、この書の中で、多くのことを預言していますが、その預言は、これから迎えようとしている時代に対する預言だとも思われます。「人々のうわさ」を聞くか、「預言者の声」に聞くか、私たちは、正しく聞くなら、祝福に預かれ、惑わされることがなく、救いに預かることができるのです。

『わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。(エレミヤ33章3節)』

 呼び求める、叫び求める私たちに、神さまは答え、告げてくださるのです。多くの偽預言者の声が聞こえてきますが、神さまが書き記す様に導かれた「聖書」、そこに書き記したことに耳を傾け、神さまが、派遣される、真実を語る「預言者」の語ることばを聞くことが肝要です。

(Christian clip arts の聖書記者ルカ、ウイキペディアの「法螺〈ホラ〉」を吹く人です)

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