味覚

.

.
 この季節は、いつものこと「郷愁」とか「旅愁」を感じさせられます。これまで出会った人や過去の出来事が懐かしく思われて仕方がありません。今住む家の近くに、観光客用の店があって、無花果(いちじく)や栗などの秋の果物が出回って、店頭に並べられてありました。『そろそろ栗が出てくる頃かな?』と思っていましたので、躊躇することなく、無花果と栗を買ってしまいました。

 華南の街で、毎週水曜日の夕べに訪ねたお宅で、日本では見掛けない小粒の栗を、この時季に茹でて出してくれました。私が目を丸くして、美味しそうに食べてから、毎年、この季節に、何度も何度も茹で栗で歓迎してくれたのです。その小さな栗には、剥きやすいように、包丁で切り込みが入れてありました。

 無花果は、小学校の帰り道を、少し外れると、庭先から通りに枝を伸ばした無花果がなっていて、何度失敬して頬張ったことでしょうか。あんなに甘くて美味しい果実には、その後出会いません。好きなことを知った母が、いちじくの苗を買って家の庭にも植えてくれた実も、あれと同じく美味でした。

 そろそろ出てくるのが、柿でしょうか。華南の街でも、柿が売られていて、時々買って帰りました。子育てをした街の近くに、皇室御用達(ごようたし)の「御所柿」があって、これが、実に美味しかったのです。青果商組合の責任者をしていた父の知人から、『準ちゃん、食べてみるかい!』と言われて、一箱頂いたきりでしたが、あの味は忘れられません。
.


.
 みんな郷愁を感じさせてくれる果物で、海外種にはない、素朴な味わいがして、幼い日を思い出させる味覚であります。その味を懐かしく思い出させてくれるのが、三木露風が作詞し、山田耕作が作曲した、「赤とんぼ」の歌があります。

1 夕焼小焼の赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か

2 山の畑の桑の実を
小かごに摘んだは まぼろしか

3 十五でねえやは嫁にゆき
お里のたよりも 絶えはてた

4 夕焼小焼の赤とんぼ
とまっているよ 竿の

 幼い日、露風は姐やにおんぶされたことを思い出しているのでしょう。姐やの肩越しに見たのが、竿の先に止まっている赤とんぼでした。その姐やと、どどめ(桑の実)を摘んだりしたのは、6月頃でしょう。その姐やが、15歳でお嫁に行ってしまって、幼い恋(?)が終わってしまったのを、幻のように感じて、作詞をしたのでしょうか。

 わが家のベランダの朝顔は、実をならすことはありませんが、四ヶ月も、勢いよく咲き続けて、やっと終わろうとしています。四種類の花弁の花を、色とりどりに咲かせてくれました。華南の街の七階、二階、沼和田の一階で鉢植えし続けて、今年も満ち足りた感謝で、今朝、秋の気配の中に咲いた朝顔は、ひときわ美しいかったのです。

 

.

.
 今も、ベランダで、秋風が晩期の朝顔の葉を揺らすのが見えます。風を感じるたび思い起こす諺や言い回しが、いくつもあります。『風を起こす(新しいことを始める事、新風を起こす事など)』、『風を集める(人の協力を得て一つになる事)』、『風に逆らう(時代の風調に逆らって生きたり存在したりする事)』、『風に靡(なび)く(みんなに同調する事、附和雷同)』、『風に任せる(時流に乗ってしまう事、その時代の傾向に沿って生きること)』などと言います。

 これは、自然界に吹く「風」ではありません。世の中には、頬を撫ぜたり、髪をたなびかせたり、葉を揺らせたりしない、目に見えない風ですか、意識上に感じられる「風」が吹いている様です。どんな「風」が吹いているのか調べてみました。

風雪⇨父は風雪五十年の苦労人です(風や雪に耐えて生きた事)、
風化⇨もう風化してしまった、
風雅⇨あの方は風雅(ふうが)な人だ、
風格⇨社長は風格のある立派な人です、
風雲⇨何か風雲急を告げる様だ、
風雲児⇨彼の事を時代の風雲児と言っている、
風紀⇨最近、学校の風紀が乱れています、
風采⇨おれは風采が上がらない男だ、
風習⇨それはここの風習なのです、
風俗⇨ここは田舎とは風俗が違います、
風潮⇨最近の風調なのでしょうか、
風調⇨宋詩の風調が染みており、
風体⇨怪しい風体(ふうてい)をした人、
風土⇨中国の風土に似合った文化がたくさんあります、
風物⇨ここの風物なのです、
風物詩⇨この地域の風物詩です、
風貌⇨独特な風貌(ふうぼう)をした人です、
風味⇨豊かな風味を持つ和菓子です、
風流⇨祖父は風流な人だった(風流人)、
風穴⇨あの方が時代に風穴(かざあな)を開けた人です、
風情⇨秋の風情(ふぜい)が感じられます、
風評⇨最近は風評被害が多い様です、
風塵⇨風塵(ふうじん)に帰す、
気風⇨彼は自分と気風の合った人です、
今風⇨今風に言うと(昔風)、
俺風⇨俺風に言わせてもらうと、
日本風⇨これって日本風なんです、
家風⇨嫁は家風に合っています、
画風⇨これは狩野派の画風です、
学風⇨学風を感じさせる作品です、
社風⇨これは我が社の社風です、
悪風⇨どうも最近は悪風が立っている様です、
古風⇨この趣味って古風です、
新風⇨彼がきて新風が吹き込まれた様です、
作風⇨この絵は独特な作風です、
威風⇨威風堂々とした人です、
順風⇨順風満帆な人生を送っている、
旋風⇨彼の作品は旋風(せんぷう)を起こした、
逆風⇨このところ逆風が吹き始めている、
美風⇨こういった習慣は美風なのでしょう、
手風(てぶり)=風習、習俗の事、

 日本や中国のみなさんも、いえ欧米や東南アジア、アフリカや南北アメリカ大陸やオーストラリヤ、島々の国も、みんな様々な風に、身を任せたり、逆らったりしながら、人は、そこで生きて来たのでしょうね。その時代や起こった事件、出来事などと共に、強く弱く吹いてきて、身の回りに「風」を起こして、そして通り抜けて行ったわけです。その繰り返しに吹いては去って行った「風の集積」が、人を鍛え、形造ってきたのでしょうか。もう「一風」、「新風」を吹かせて、風車(かざぐるま)に乗ってみたいものです。

 オレゴン、カリフォルニア、ワシントンに三州が、山火事が起こって、強風と雨の降らない天候で、大変な被害を巻き起こしています。今朝の娘からのメールによりますと、風向きが変わって、週初めには雨が降るとの予報が出ているそうです。「掌(たなごころ)に風を集めるお方」は、ちょうどよく風の向きも変えられるのでしょう。

.

守り

.

.
 緑と水の流れが綺麗なオレゴンの街が、延焼し続ける火事で、こんな降灰の有様です。風が止み、雨が降る様に願っています。物は失っても、また持つことができますが、大切な命が、この災害の中で保たれます様に!

.

大いなる意思

.

.
 ジューネーブの住人だったジャン・カルヴァンが、こんなことを書き残しています。

 『天気について語るときでさえ、晴れであろうと雨であろうと、われわれは◯の主権の前に立たされている。◯が悪い天気を下すとき、それがわれわれが自らの罪や悲嘆を省みて、悔い改めるために、◯の怒りを気付かされる審判者としての自己を開示されている。◯の前に謙虚になるどころか、罪を犯して◯の怒りをかったり、われわれが互いに他者を軽蔑しあって憤慨しあうなら、天気は当分回復しないだろう、と考えるのは妥当なことではないか。われわれは◯のもとに立ち帰ることをせず、◯に罪の赦しを求めようともしない。そうした状況がいたるところで蔓延している。』

 こう言った考えは、中世的なもので、ちょっと偏りすぎていて、飛躍だと考えるでしょうか。天気は、昔から、単に偶然に、気まぐれの様に変化するのだと、人は考えていますが、この方は、創世の昔から、とてつもない《大きな意思》が働き掛けて、天気でさえも決めていると言うのです。

 急に空が暗くなって、稲光が走り、雷鳴が轟き、ものすごい雷雨が降る、そんな天気に、今年は、私の住む北関東も見舞われています。これまでにない勢力の台風が、さらに勢力を増し加えて、日本列島の沖縄、九州、朝鮮半島を、先日も襲いました。未曾有のエネルギーを擁していましたが、どうも《制限》がかかったに違いありません。

 これまでは、《制限》があって、《限界》が定められていました。傲慢な人類への憐みによってでした。それで灼熱が地を打ったり、豪雨で田畑や住まいが流されたり、落雷が街を焼き、海の水が海外線を超えて内陸を侵しても、ギリギリの線で、最小程度の被害ですんでいたのです。ところが近年、その限度を、世界中で超え始めているのを感じてなりません。

 《警告》が、《審判》に変わりつつある様に感じるのは、私だけではなさそうです。古の書に、「大洪水の記録」が記されてあります。次の様にあります。

『・・・地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。』とです。造物主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められたのです。水で地を滅ぼさざるを得なくなり、ノアに、「方舟」の造船を指示します。
.


.
 造物主は、罪を警告し、行いを悔いて、立ち帰る様に願ったのですが、人は行いを改めようとせず、大いなるお方を侮りました。その結果、造物主は、断腸の思いで四十日四十夜に及ぶ雨の降るのを許し、天地の水門を開いて、大洪水の起こさざるを得なかったのです。乗船した八人だけが、「方舟」によって水の難から救われたのです。

 この話は、中国の西に住むミャオ族の口誦伝説にも残されていて、古の書の記事と、ほとんど一致しています。作り話ではなく、考古学者も、その事実の痕跡を発見しています。アルメニヤにアララト山がありますが、その氷河の中に、「方舟(はこぶね)」が埋没されているのが確認されているのです。

 地球の地軸が、約24.3度傾いているのが、偶然なのでしょうか。地球と太陽や月との距離が定まってることも、偶然でしょうか。春一番が吹くのも、寒冷化しないのも、また地表が燃えたり凍ったりしないのも、地球を自転させ、太陽の周りを公転させている総力は何なのでしょうか。星が降って、地球を壊滅させていない抑止力は何でしょうか。大いなる意思があって、そう定められているのです。

 もちろん自然科学上、最近の異常気象の原因や理由を知ることができますが、それ以上に、《倫理的な理由》があるのだと、カルヴァンは言っているのでしょう。怒りを示して、反省したり悔い改めることを、造物主は、21世紀の私たちに問うておられるに違いありません。

 昨年の19号台風で、住んでいた家が床上浸水したのですが、一階の客間に水が溢れ、スリッパが浮遊していたのを見て、ノアの時代の「方舟」の有様を、まざまざと想像してしまいました。

 『わたしはあなたがたと契約を立てる。すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない・・・わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現れる。わたしは、わたしとあなたがたとの間、およびすべて肉なる生き物との間の、わたしの契約を思い出すから、大水は、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水とは決してならない。』と、造物主は言われたのです。

 先日の大雨の後に、西の空に「虹」が出ていました。それを見て、二度と水で人類は滅ぼされないことを思い出したのです。でも、主権者で全地の統治者は、この暴虐と裏切りと頽廃に溢れた地をご覧になられて、何を思われておいでなのでしょうか。
人に必要なのは、悔いた心に宿る「謙虚さ」です。

(「ノアの方舟」のイラストと台風被害の人吉市の毎日新聞の写真です) 

.

降雨待望

.

.
 この写真は、オレゴン州の州都セーラムを襲った山火事の燃える様子を撮ったものです。[9日のロイターの記事]に次の様にあります。

 『 米オレゴン州のブラウン知事は9日、過去最大規模の山火事によって州内の5つの小さな町がほとんど焼き尽くされたと明らかにし、過去最大の死者が出る恐れがあると警告した。

 同州ではニューヨーク市の2倍近くに相当する広範な地域で少なくとも35の大規模な山火事が発生。最大風速22メートルの強風で被害が急速に広がり、数百軒の家屋が破壊された。

 米西部全体では100近い山火事が発生。カリフォルニア州では28の大規模な山火事の被害が広がっており、当局者らによると、6万4000人がこれまでに避難した。』

 強風が止み、雨が降る以外に、鎮火する可能性がないとのことです。必要な所に、雨が降る様に願っています。孫たちが家族で、近くの高校に避難してきた方たちへ、物資を配給するボランティアをしてると、娘が言ってきました。

.

今頃

.

.

 先日、チラッとですが、赤トンボが飛ぶのを見ました。厳しい暑さが残っているのに、秋風が吹き始め、茹で栗が食べられるような季節がこようとしています。この季節に、私が一番食べたいのが、「ソフトクリーム」なのです。街中のスーパーの店頭売りのものではありません。八ヶ岳山麓の清里にある、《清泉寮》特製のもの、ジャージー種の牛乳をふんだんに使ったと謳う名物ソフトクリームなのです。

 よく、暑い夏が終わった頃、清里の宿泊施設をお借りして、師や友人たちと二泊三日ほどで、交流会を持ちました。一段落して休憩になると、だれ誘うともなく、みんなの足、いえ口が、清泉寮のソフトクリーム・ショップに向いてしまうのです。それを、ニコニコしながら、頬張っている一葉の写真が残っています。

 もう恩師が亡くなって18年になります。アメリカには、もっと美味しいものがあるのでしょうけど、少年の様に屈託なく、9歳違いの恩師の頬張る姿が、そこに写っているのです。ただ甘いだけではなく、芳醇な香りとか、懐かしさなどが感じられる味なのです。

 こんなことを書いていると、清里に飛んで行きたい気持ちになってしまいました。そのソフトクリームを、一緒に食べた方たちが、ほかにも何人もいます。アラブ人とギリシャ人の血を引く、ニューヨークの学校で教えていた教師で、私たちの婚約式に来てくれて、奨励をしてくれた方も一緒に食べました。上の兄のテニス仲間に、運動不足の解消と交流会に誘って頂き、毎春、毎秋、清里に行きました。彼らも、ソフトクリーム仲間でした。

 そう、わが家の子どもたちも大好きで、よくキャンピングに出掛けては、寄り道をしては食べたものです。札幌に入院して手術を終え、リハビリが終了して、家内の待つ華南の街に帰ろうと、札幌の空港で搭乗待機している折に、美味しそうにソフトクリームを食べていた外国人を見かけたのです。そこで、つられて食べてしまいました。

 あの清里の清泉寮のソフトクリームを食べたことのある私には、やはり札幌空港のそれには物足りなさがあって、美味しいのですが、あの味ではないのが不足感があって仕方がなかったのです。《美味しさ》とは、味だけではなく、時と場所と心に関わる味なのでしょうか。きっと原宿あたりで食べたものの方が美味しいかも知れませんが、宣伝料をもらったわけではないのに、清泉寮製が、やはり美味しいのです。食べたい、今頃です。

.

バアバ似

.


.
 今朝、次女からのメールによりますと、マッケンジーマウンティンリバー周辺に、山火事があり、延焼中で、街に迫ってきているとのことでした。避難勧告はまだ出ていない様ですが、その避難のための準備をしていると言っていました。長女のいるロサンゼルスも、カリフォルニアの山火事で影響を受けている様ですが、まだ鎮火されていないそうで、その火事の規模の大きさに驚いています。

 もう何年も前に、マッケンジーの景勝地に、温泉プールがあって、連れて行ってもらったことがありました。火山地帯で、日本の温泉とは様子が違いますが、微かに暖かな温水といったプールで泳いだことがありました。

 下の写真は、家の近くの様子で、降灰で視野が霞んでいる様です。避難場所があるので、いつでも出られる準備中だそうです。ところが下の娘、私たちの孫娘は、今朝も、FaceTimeで、“ チェロ “ を、バアバに聴かせたくて演奏してくれていました。火が迫ってるのに、慌てないのは、バアバ似の孫だからでしょうか。

 日本では、防雨、高温、台風に見舞われていますが、このアメリカ西海岸の街も、災害が襲ってきて、ウカウカしてはいられない状況下です。無事を願ったところです。

(写真上は、マッケンジーの風景です)

.

一枚の門扉

.

.
 TBSテレビが、平成22年10月に、「塀の中の中学校(内館牧子の脚本)」を放映しました。安曇野の「塀」の中(松本少年刑務所)にある、中学校での一年間を、教師と刑務官とのやり取り、授業風景、刑務所内の生活を紹介しつつ、番組が作られていました。テレビ番組としては秀作だと感じたのです。この番組のあらすじは、「公式ホームページ」に、次の様にありました。

 『長野県松本市にある「松本少年刑務所」の所内には、義務教育を終えていない受刑者のための公立中学校「松本市立旭町中学校桐分校」がある。そこに、石川順平が赴任してきた。順平は、本当はプロの写真家になりたかったが、無謀な夢は捨てて公務員になり、少年院で5年間教鞭を取っていたが、今春になって桐分校で副担任の職に就くこととなった。

 この年の4月10日「桐分校」には、北海道から沖縄まで、全国の刑務所から選ばれた生徒5人が入学する事になった。新入生といってもその年齢は様々で、最年長の佐々木昭男は76歳、ジャック原田は66歳、川田希望は50歳、小山田善太郎は39歳、そして最年少の龍神姫之丞は22歳だ。年代の離れた5人だが、それぞれの事情によりこれまで満足に教育を受けておらず、ほとんどは読み書き計算も出来ない。

 入学式が終わると、教室で席に着く5人を前に、順平と先輩の担任教師の三宅雄太(角野卓造)が、これから始まる授業の進め方を説明。その後、自己紹介をさせると、5人はそれぞれの罪状と背負ってきた過去を告白する。

 ほどなく、職員室に戻った順平は、少年院で教鞭を取っていたときと違い、生徒の事情が重くやりにくいと三宅にこぼすが、「梅雨明けまでの3ヶ月が勝負だ」と激励される。それでもなお不平を言う順平は、実は写真家への夢を諦めてはおらず、大きな写真コンクールに応募した作品が最終選考に残っていた。そこで大賞か入選を果たしたら、この仕事を辞めようと考えてい・・・。』

 副担任の教師の心の動き、入学した五人の家庭の背景や、犯罪を犯すまでの事情を、最初の授業で、各自が自己紹介をしていました。五人の人間模様や確執や思いやりやいじめ、自殺願望者の改心、訪ねてくる父や息子との語らい、結局1年後に、小山田一人が脱落し、四人が無事に卒業するのです。

 私が通った中高の裏門からしばらく行った所に、同じように塀を巡らせた「少年院」がありました。塀の中の彼らと塀の外の自分の距離は、ほんの一枚の壊れかけた門扉、一歩の〈差〉しかないのではないか、そんなことを思わされたのです。読み書き計算ができて、何とか社会生活を送ってこれたことを思い返して、当たり前ではなかったこと、両親が育て上げてくれたことへの感謝は尽きません。今も、この分校で学んでいる方たちがいらっしゃるのでしょうね。

 「渡る世間は鬼ばかり」、「人を見たら泥棒と思え」の現実の社会の中で、《理解者》がいて、《善意》が向けられるなら、人は立ち直ることが必ずできることを学んだのです。自分の人生に、そう言った人がいて、優しい心があっての今なのだと、そう思うこと仕切りであります。施錠された門扉の壊れた隙間、これも壊れかけた私の目から、その院内が見えました。自分は外にいて、彼らが中にいる、複雑な思いがあったのを今、思い出します。

(友人からいただいた茶器一式です)
.

しっぺ返し

.

.
 「もてあそぶ」とか「翻弄(ほんろう)」は、“ goo辞書 ” によると、『1「もてあそぶ」は、手にもって遊ぶ意から、相手を思うままに扱う意。「弄ぶ」「玩ぶ」「翫ぶ」とも書くが、ふつうは仮名書き。2「翻弄」は、大きな力のものが弱い小さい者を思うままに動かすこと。「荒波に翻弄されるボート」のように、人間以外にも用いられる。』とあります。

 『2020年は、コロナ、大雨、台風に翻弄された年だった!』と、後になって回顧されるかも知れません。まさに、“ triple punch ” の年でした。自然の力に、翻弄され、弄ばれるかの様な感じがしています。というか人が自然の弄んだ結果、自然界から「しっぺ返し」を受けている様に感じられてなりません。

 国土開発で、山を切り崩し谷を埋め、川を堰き止めてダム湖を作り、地下資源を掘り起こし、木を伐採し平地にし、海を埋めて人工海岸を設け、稚魚を養殖池で育てて放流し、野菜や果物や家畜を人工交配して新種を作り、《自然の理》を冒して自然破壊を、人は繰り返してきて、その「結果」を、今や人は刈り取っているのでしょう。

 人の手が自然を改造し、傷付け、破壊した結果を招いて、自然界が叫び声を上げているに違いありません。「開発」という名目で、東南アジアや南米アマゾンの森林を切り崩し、地球の生態系や気象までも狂わせて、今があります。食べ物でも、「人工的」な物が、体内に取り込まれて、体質を狂わせ、免疫を傷付けてしまいました。

 現代人は、『仕方がない!』と言い訳をしていますが、天然自然の世界は、収拾がつかないほどに狂いを見せています。その元凶は、「人の欲」に尽きるのではないでしょうか。〈より多く持つこと〉が、人を幸せにするという原理が横行した結果、地球が傷ついたのです。この自分の手も例外ではありません。

 それで、現在の様に、〈叫び声〉が、地球上からしてきているのでしょう。今も言われるのでしょうか、『人は、地の高さから高くに住むに従って、精神的な疾患を冒されやすい!』という警告の言葉です。本来人は、素足を地面につけて生活をしてきたのですが、高きに住む願いを持って、地表からの距離が増してしまいました。

 昨年の正月に、住み始めた友人の家の平家部分は、縁側から庭に、すぐ出れて、花を植えて楽しんでいたのですが、19号台風に被災して、疎開を余儀なくされました。そして今、水害に強い、アパートの4階に住み始めて、そろそろ一年になろうとしています。日当たりもとく、吹き込む風も爽やかで、この位の高さまでが限界でしょうか。

 《自然との同居》は、古来人がし続けてきた生き方です。土を耕して種を植え、家庭菜園で青物が自給できる様な生活を夢見ています。それは《自然回帰》という、人本来に願いなのかなと思っています。一先ず、台風の襲来で、事前の予想に反して、大きな被害を被らなかったそうですが、ただ感謝している朝です。21世紀に生かされている私たちが持つべきは、この「感謝」なのでしょうか。

.

限界

.

.
 私の愛読書に次にようにあります。

「だれが天に上り、また降りて来ただろうか。だれが風をたなごころに集めただろうか。だれが水を衣のうちに包んだだろうか。だれが地のすべての限界を堅く定めただろうか。その名は何か、その子の名は何か。あなたは確かに知っている。」

 台風10号が、沖縄、奄美、九州に接近中で、厳重な注意が必要だと、今朝のラジオニュースが伝えています。熊本の球磨川の氾濫警戒も出ているそうです。風速も雨量も気温も、これまでは、上限や下限が《定められ》ていたのです。ところが近年、とりわけ去年あたりから、生命の危険水準を超えてしまって、これまでにない量や質となってしまっています。

 私たちは、どう言った時代の中に生活をしているのでしょうか。今や、しばし熟考する必要があるように感じてなりません。北関東の地から、大きな被害から守られるように、今朝も心から願っています。とくに熊本は、私の人生の一つの大きな節目となった地なのです。鹿児島も宮崎も大分も福岡も佐賀も長崎も、守られますように!

(ベランダに咲く金魚草です)

.