向こう三軒両隣

 

 日本人の優れている点が、外国人の関心を呼んでいます。昨年の「東日本大震災」の被災地で、被災された方々の様子が注目したからです。慌てることなく冷静沈着にことを処してしている姿に驚かれたのです。とくに、利己的になりやすい情況で、我先に物を求めたりするのが常ですのに、他者を優先して譲ったり、もらったおにぎりを《半分こ》にして分け合ったり、《助け合い》をしている姿が注目されて、『日本人ってすごい!』と賞賛しておられました。

 貧しかったからでしょうか、私たちの国では、相手を顧みようとする思いが育まれてきたのではないかと思われます。結合とか団結の「結」の字を、「ゆい」と読み、その《結》という助け合いが、農村などで行われていました。茅葺の屋根を何十年に一度とかで葺き替えなければならなかった時代、村じゅうの人が無休で奉仕して、この作業にあたったのですが、その強力の姿を「結」と読んだのです。また漁業従事者たちの世界では、「もやい」ということが行われてきたと言われています。船と船をつなぎ合わせたり、船の纜(ともづな)を岸につなぐことを、「もやう(舫う)」というのですが、この動詞からでききたことばで、魚民同士の助け合いを、そう呼んできたのです。

 その他には「講(こう)」と呼ばれるものもあったようです。これは、元々は仏教信者の会合を、そう呼んだのですが、後になって、お互いが助けあう組織に変わっていき、それを「講」と言うようになってきているのです。こういった「ことば」が残っているということは、日本の社会の隅々までに、「相互扶助」の心が養い育てられ、互いに支えながら、支えられながら生きてきた生活史があったということになります。近年、都市化の動きの中で、こういった《互助の心》が消えてきて、人々は孤立化してきているのでしょうか。またこれに変わって、専門的な職業が成り立ってきて、すべてがお金で解決される社会になってきてしまったようです。

 私の恩師がこのことを、1つの「ことば」で紹介しておられます。「互酬(ごしゅう)」です。こうおっしゃっておいでです。

 『私たち日本の社会には、昔からお互いに報いあう「互酬」という習慣があります。田植えを手伝ってもらったら、収穫は手伝いに行く。あるいは結婚式にご祝儀を持っていき、お返しに引き出物をいただくなど。いわゆるお返し主義です。日常での互酬は、物品のやりとりですが、市場に並ぶ商品とは違い、人間の優しさや温かい心が通っています。これが互酬の大きな特色です。このお返しは、助け合いの心を多分に含んでいます。被災地では、被災者の方々は互いに助け合い、それだけでなく、自分たちの食べ物がないにも関わらず、救援に来た米軍の兵士に飴を配ったというところまで展開されています。

 この互酬は、個人だけでなく自治体も同じです。例えば、東日本大震災では、新潟県の28市町村 は、すぐに14,000名の避難者を受け入れる決議をしました。中越地震のときに助けてもらったからです。函館の漁協が226隻の漁船を岩手県に寄贈しま した。これは昭和9年の函館大火で岩手県にお世話になったからだというのです。

 そして、互酬は変化を遂げているといえます。93年の北海道の奥尻島の地震のとき、特別養護老 人ホームへ、一人のご老人が奥尻の義援金を届けに来てこうおっしゃいました。「関東大震災で助けられたお礼のお返しをしたかった」と。当事者ではなく見ず 知らずの奥尻へお返しにきたのであります。福祉の心とは、まさにこのように見ず知らずの人への働きかけなのです。

 考えてみると献血も互酬でした。昔は、献血手帳があり、自分が献血した血液量と同量の血液を必 要とするときに優先的に確保すると書いてありました。そういう約束事がなくなった現在、600万人が献血しています。これだけ人々の気持ちが広がっている ということです。私は日本社会というのは、互酬性を大事にしながら、助け合いの文化を拡大していくことが課題だと思います。

 

 醤油や味噌や塩を、隣に狩借りに行ったり、貸したりした子どもの頃が懐かしいのは、我々の世代の思い出なのかも知れません。そんな雰囲気が、このところ日本の社会に蘇ってきているのでしょうか。わが家の周りに何軒か、物のやり取りをする家が与えられています。『おばあちゃんが作りましたので!』と、「豆腐」が、二度ほど届けられてきています。それで家内は、「巻きずし」を作ってお返しをしていました。これが、華南のわが家の《向こう三軒両隣》であります。

(写真は、HPhttp://naka-zizi.at.webry.info/200711/article_18.htmlの「艫綱」です)

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