悔いと感謝で

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 中学の修学旅行で、京都と奈良に行きました時に、金閣寺が見学コースに入っていました。その寺の賽銭箱を覗き込みましたら、小銭が中に入らなくて、その投入口の途中で躊躇していました。中に入れると、自分が賽銭してしまうことになるので、失敬してポケットの中に入れて、何かを買ってしまったのだと思います。

 『神社の神体には、手も足もないから使うことはできないだろう!』と判断した14才の私は、『俺が使ってあげる!』と言って、無許可で頂戴してしまいまったわけです。その時までも、クリスチャンにされて、今日までも、神社を参拝したことも賽銭をしたこともない私は、その泥棒の償いを、どうしたらいいか迷ったのです。賽銭箱に戻しに行ったら、他人の投げ込んだお金で賽銭してしまうことになってしまう、その〈100円〉が重くのしかかっての今です。

 自分の育った街の駄菓子屋で、キヨちゃんというおばさんが向こうを向いている隙に、お菓子を失敬してしまったことが、小学生のころに何度もありました。クリスチャンになって、伝道者となるために献身しました後、どうも責められて仕方がありませんでした。

 それで、その街を訪ねた時に、意を決して、3000円をポケットの中にねじ込んで、『おばさんの目を盗んで、子どもの頃に、何度もお菓子を失敬したことがあります。その時の代金です。赦してください!』と言って、それを手渡しました。

 キヨちゃんは、驚いたようにして笑い顔で、『そんな、もういいわよ!』と言ってくれました。だからと言って、その行為が、償いになるのか、赦されるのか分かりませんが、法律的には時効になっていても、民事法上は賠償責任があるのでしょうね。

 また母親や父親の財布の中から、小銭をくすねたこともたびたびのことでしたが、そういった盗みの行為は、どう清算したらよいのでしょうか。100円も60億円も盗みは盗みですから。神さまの前には、『すべての犯した罪をお赦しださい!』と告白しました日に、赦されている確信はだれにも負けないものがありますが、このままで済ませていいのかが、罪多き私の悩みであります。

 

 

 

 さて、神社は賽銭、お寺はお布施ですが、教会は「献金」と言います。牧師になりましてから、「牧師指定献金」を頂くことがあります。おもに匿名で、『必要に当ててください!』と言うものです。1989年1月のことでしたが、6万円ほどの献金が、高名な某牧師さんから、書留で送られてきたことがあります。

 どの献金も尊いのですが、その時の献金は、『もったいなくて頂くことはできない!』と思ったのです。それは、岡山県の長島愛生園にあるキリスト教会の兄弟姉妹からの、私宛のものだったからです。ある刊行物に掲載された、私に関する記事を読まれての厚意だと、添えられた手紙に記されてありました。

 この教会は、ハンセン氏病に罹病して、ふるさとや家族から捨てられた人たちが、イエスさまと出会って、救われ、望みを主につないで生き始めた方々によって出来上がった群れなのです。腎臓を兄のために移植をしたという話を聞かれたみなさんが感動されて、100円、200円と献金してくださったものだったのです。

 『兄弟は苦しみを分け合うために生まれる(箴言1717節)』

 この聖書のみことばに励まされて、主に押し出されてした行為に過ぎなかったのですが、ハンセン氏病で苦しんできた愛兄姉には、大きな励ましだったことを知って、ただ感謝させて頂いたのです。賽銭泥棒で、お菓子の万引き常習犯の罪人ですから、お受けする資格のない私に対してでした。

 『献金は、信者さんたちの命、血の代償なのだ!』と思って、感謝して生きて来た私にとって、その長島教会の愛兄姉の献金は、万金に値しました。そういった、数多くの愛兄姉のいのちが、これまで、私と私の家族を養ってきてくださったのです。長島の愛兄姉からの40年ほど前の《深い愛》を思い出して、ただただ感謝でいっぱいです。

 家内の病状報告が、〈献金の要求〉だと誤解されたことが、これまであって、そう誤解する方のために、家内のことに触れるのを、極力避けているのですが、人の心の思いの深い奥は知り得ませんので、それでも躓きとなるものは避けなければなりません。そう心に決めている梅の開花の知らせが聞こえてくる今日日です。

(梅の花と瀬戸内海に浮かぶ長島)

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