イエイエ

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初めて会った方に、日本人が一番気にすることが何かというと、「年齢」ではないでしょうか。人種は一目瞭然、職業は同じか同系列と出会うことが多いので、問題にならない場合が多そうです。学歴程度も、隠されていることで、問題にはしたくありません。ただ年齢は、前後十歳ほどの幅があって、十歳上か下かで、二十歳の幅があると言われています。それで、〈長幼の序〉が根底にある私たちの社会では、大切な関心事です。

『どうして、そんな個人的なこと聞くんですか?』と、アメリカ人の青年が、日本女性に言いました。彼が独身だったので、婚活の範囲内かどうかを、この女性は知りたかったのかも知れません。〈個人主義〉の中で育った彼には、気になったのでしょう。私たちは、踏み込んではならない領域があることを知るべきでしょう。

または、どう接するか、自分の立場を、相手のどこにおいて接したらいいのかが、気になるのです。「失礼」のないようにと願うからでしょうか。どんな言葉遣いをしたらいいかも知らなくてはなりません。ジャックジョンとか、苗字以外で呼び合うアメリカの社会には、私たちには戸惑いがあります。

私の恩師は、フアミリー・ネームで呼んでいましたが、他の方には、チャックジョージと、「さん」をつけて呼んでいました。ちょっと壁の高さや低さが気になりましたが、まあ賢くお交わりができたかなと思っております。私の学んだ学校は、医師として幕末に、横浜にやって来られたアメリカ人が始められた学校でした。

その学校では、昔は、先生も学生も、“ Mr . ” で呼びかわしていて、立場の違いの壁を低くする配慮がなされていたそうです。わが家にやって来る、おしゃまな五歳の女の子は、家内を『ゆりさーん!』、私を『じゅんさーん!』と呼んでくれます。子どもには大人の社会的な立場や年齢も関係がないのです。

その割には、学生は、教師に〈渾名(あだな)〉を付けるのが得意です。小学校時代にはなかったのですが、中学に入ると、上級生や先輩からの申し送りの〈渾名〉がありました。高校3年間を担任してくださった先生は『オジイ!』でした。兄を教えていた先生は『ちょろ!』、『ガンちゃん!』、『さぶちゃん!』など、愛されていて名付けられる以外に、嫌われ教師には、それなりに辛辣な名、『ゲジ!』と呼ばれていた体育教師がいました。

自分も、短期間でしたが、教員をしたことがありましたから、きっと付いていたのでしょう。陰で、渾名で呼んでは、『クスクス!』と笑っていたかも知れません。中国では、渾名ではなく、砕けて『ジュン先生!』でした。アッ、ありました。『イエイエ(爷爷)!』と呼んでいると、同僚の中国人教師が教えてくれたことがありました。それは、ただの『ジジイ!』ではなく、親しみを込めた呼び方で、羨ましいと、同僚が言っていました。

そんなことを思い出していました。私の担任は、朝礼でも終礼でも、授業の始めも終わりも、教壇から降りて、私たちと同じ床板に立って、けっこう深めに頭を下げて挨拶をしていました。『君たちと僕は、立場こそ違え、同じなんだよ!』と、身をもって示しておられました。私の教員志望の動機は、このことにありました。

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