温もり

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早朝6時、雪のちらほらと降る中、玄関を出て、まだ灯のともっていない別棟の湯屋に向かいました。やっとのことで、外の露天風呂の灯りをつけて、薄明かりの中、一人湯船に浸かりました。憧れの冬場の温泉、ぬるくない《雪の露天》を、贅沢にも独りで、静寂さを満喫させてもらいながら過ごした1月5日の日光の朝でした。

昨年末、4人の子が、退院した母親を加えて、久々の交わりを、正月にしようと、長男が企画し、日光、男体山の近くのスポーツ用品店の社員用の温泉休暇施設を会場に選んだのです。そこに14人が集まり、共に食事をし、交わり会をもったのです。長男夫婦と2人の孫、長女夫婦、次女夫婦と2人の孫、次男夫婦、それに私たちバアバとジイジで、とても感謝な一泊二日の時でした。

「幸いなことよ。矢筒をその矢で満たしている人は。彼らは、門で敵と語る時にも、恥を見ることがない。」

昨年、家内の入院中に、友人からお借りしていたお宅に、子どもたちが、それぞれの家族で、一堂に集まったのですが、どうなるか分からない病状の家内は、生死の間を彷徨(さまよ)っていて、不在でした。今回は、奇跡的に退院した母親、バアバが加わったわけです。幹事長の長男の司会で、ウクレレとピアノの伴奏で数曲を歌い、過ぎた一年と、迎えた新年の抱負を、順次一人一人、全員が語ったのです。

家内は、生かされている今を感謝して、多くの友人や親族の支え、家族の示してくれている愛に、《至福の幸せ》を噛みしめていました。4人の孫たちは、バアバからお年玉をもらって大喜びでした。次男夫婦は、日光から直接帰京したのですが、家内のたっての願いの《家族写真》を、明治五年創業の写真館で撮影しました。後日、次男夫婦の写真を合成してくれるのだそうです。

4人の子を持つ《子沢山》を笑われ、借家を借りるのに、それが理由で借りられない経験を、幾度となくし、結局、市営アパートや県営アパートを借りたりして、過ごしてきたのです。その巣を、一人一人巣立って行き、残された《空の巣》に、子どもたちは家族を伴って《帰巣(きそう)》 して来たことになります。

この《帰巣》は、人の本能に違いありません。故郷回帰、原風景を求める思いはどなたにもあるのです。たとえ故郷や祖国は荒廃したり、奪われても、記憶は、何者によっても消されることはありません。源泉42度の掛け流しの温泉の《温もり》に、私が満足したのは、母の胎内の十ヶ月を、全身で感じたことを思い出していたからなのでしょう。子育て中に感じた家族の《温もり体験》が再現した様でもありました。

私たちには、最終ゴールの《巣》があるのです。この世では、貧しい巣に住んでいても、不便を感じても、狭くとも、心楽しく生きているなら、永遠の故郷が約束されている、だから高望みもせず、がっかりもしないで、今を感謝して、喜んで生きていくのです。

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