ミヨちゃん


 「三億円事件」が、1968年12月10日、東京の府中市の「府中刑務所」の北側の塀と住宅地を挟んだ道路上で起きました。この刑務所の道路を挟んだ西側にあった東芝府中工場の従業員のための年末賞与が奪われた窃盗事件でした。 学校を出て、八王子にあった職場に勤務して2年目のことでした。その事件の後、間もなくして、黒塗りの乗用車に乗った、地味な色の服を着た刑事たちが、私たちの職場にも聞き取り捜査にやってきたのです。私の初任給が、国家公務員並みの2万5千円だった時のことです。私も年末手当をもらいましたが、やはり3億円とは、途方もない金額だったので、大変驚いたのを思い出します。どうして、事件現場を、よく知っているのかといいますと、私が犯人だからではありません。事件のあった暮れの10日には、しっかりと勤務していた出勤記録が残っていますし、お金に困ってもいませんでしたから。

 事件現場は、国分寺駅から府中駅に抜ける道路と、西国分寺駅から川崎方面に抜けていく道路を結んだ、府中刑務所の塀際を走っていた道路だったのです。この道は、冬場、霜柱が溶けて使えなくなったグラウンドでの練習に代わって、筋トレとかマラソンをしていたのですが、そのマラソンのコースが、この府中刑務所の壁際だったのです。今年の1月に帰国した折にも、兄の運転する車で、この現場付近を通ったのですが、くすんだ灰色だった塀が、きれいなペンキの模様が描かれて、中に入るのが抵抗なく感じられるような変化が見られて驚いてしまいました。高2の時に、八王子から通学していた一級上の先輩が、前を走っていました。塀の角を曲がったところで、急に消えていなくなるのが話題になっていたのです。一周だけ走って、あとは藪の中に潜んで、忍びの術をやっていたのです。気のいい上級生でしたが、八王子のアーケードのある店で、店番をしていたのを見たことがありましたが、今、どうしているでしょうか。この人がタバコを吸っていて、それが見つかって、わが部は廃部寸前の風前の灯だったのですが、2級上の先輩たちは、国体やインターハイで優勝した実績があって、廃部をまぬがれたのです。この学年と我々の学年の時代が最低迷の時期だったでしょうか、2級下の後輩は、ふたたびインターハイと国体で優勝したのです。

 そうですね、この刑務所の周りを走っていて、願っていたのは、『この中に入ることがありませんように!』ということでした。でも、『どんな風になっているのだろうか?』との興味はつきませんで、走りながら色々と想像していたのです。ところが、その願いがかなわないで、一度入ったのです。しかし懲役刑ではなく、この刑務所に入所されている方を訪ねるためでした。私たちの住んでいる街の南に、バスで2時間ほどのところにある街で、レストランを経営している御夫妻から頼まれまれてでした。ここに入獄している息子さんを見舞ったのです(病気をしていたそうですから)。事務所で係官数人で話し合ってくださったのですが、親族以外の許可は前例がないとのことで、『申し訳ありません!』と詫びられて、許可されませんでした。私が待っている間、何人もの家族が黙して座って居られました。とくに府中は、外国人が多くて、南米系の年配の夫婦が私の前を歩いていて、彼らも刑務所にやってきたのです。カメラを持って行って、息子さんを撮った写真をご両親にと思いましたが、これも叶えられませんでした。ただ、こちらで撮ったご両親の写真だけは、「差し入れ」として刑務官に預けましたので、元気そうなご両親の顔を、この青年は見ることができたでしょうか。


 私の子どもたちも、アメリカで生活していた時期がありましたから、この南米人の夫妻のように、息子や娘を刑務所に訪ねることがなかったことだけは、感謝しているのです。そう言えば、あの忍者の先輩は、お父さんが、組関係の仕事をしていたと聞いたことがありますから、もしかしたら、もしかしているかも知れませんね。彼が、よく平尾昌晃の歌を歌っていました。「ミヨちゃん」の三番を替え歌で歌っていたのです。

    ♯今にみていろ ぼくだって 素敵なシュートを 打ってみせる・・・・・♭

とです。この先輩の素敵なシュートは見ないまま、卒業していきました。ただ、素敵に人生を生きていてほしいなと思っています。天然パーマで、日焼けしていた黒い顔が印象的でした。厳しい運動部の中では、けっこう優しい方だったのです。いっしょに走ったこと、練習中に「ミヨちゃん」を口ずさんでいた先輩でしたから、会ってみたいなと思います。6億円は捕まって解決しましたが、あの事件は未解決のままですね。いーえ、この先輩を疑っているのではありませんので、はい。

(写真上は、中学から6年間乗り降りした当時の国分寺駅、下は、「府中刑務所」周辺の略図です)

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