心のやさしい人になっただろうか

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『父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。(ヤコブ1:27)』

 多くの人に集まる場所の吹き曝しの寒い片隅で、赤児を抱いた年寄りが、その赤ちゃんの世話をしています。多くの人が、その様子を眺めながら通り過ぎて行ったことでしょう。路傍で、生きあぐねた人を眺めた時、出会った時に、自分はどうしてきただろうかと思い返しています。

 新宿の西口と東口を繋ぐ地下道がありました。そこに、いわゆる浮浪児が何人もいたのを見かけたことがありました。また、上野駅に周辺でも、そう言った浮浪者を見かけたのです。ところが自分には、父とははがいて、一軒の家があり、そのちゃぶ台を囲むと母の作ってくれた食事を、山盛りによそってくれたご飯や焼き魚や煮しめ、味噌汁に佃煮やお新香で、三食食べられたのです。

 華南の街の13年の間、街の繁華街の交差点の角に、車で連れて来られて、物を置くように置かれた足が萎えた若い男の人がいました。足元に、お金を入れてもらう缶だか箱が置かれ、憐れみを訴えるようにしていました。親方が、手配師で仕事のようにされていたのを、たびたび見かけました。福祉や社会事業の行き届かない地方都市の日常でした。

 見過ごしにできないみなさんが、5元、10元と入れて通り過ぎて行っていました。世界中の巷間で見られる光景でした。社会の中で、体や心が不自由な人がおいでで、経済的にも、心理的にも身体的にも、生きていく上で、どなたかの援助を要しているのです。中学から電車通学を始めた頃も、小学生の時に、父に連れられて都内に出かけた時、浮浪児と言われた子どもや、戦争で、眼球や手や足をなくした「傷痍軍人」を、車内や駅頭で見掛けました。

 孤児や浮浪児や傷痍軍人を、病む人やを、弱くなっていくご老人を、この自分は、どう見て、どう接してきたかを思い返しています。優しい心や、同情心を持って、手助けをしてきたかを考えさせられているところです。私たちの救い主のイエスさまが、求めておいでなのは、義務感でも使命感でもないのです。単なる優しさでも、同情心でも足りません。

 ドージャースタジアムの球場の外の片隅に、乳飲み子を抱いたホームレスの老人が寒さを避けながらいるのを、大谷翔平が見つけました。助けてあげたい、と思ったのです。高飛車に、善行をする慈善家のようにではなく、その老人を恥ずかしめたり、尊厳を傷つけないように配慮して、注意深く見て、近づくのです。それほど心と時間を使っていました。寒さを防ぐために、自分の上着を、この方にかけてあげようとしました。一方的に行動することなく、その許可を、老人に、まず求めています。

 その球場から追い出すように思われないように、助けを必要とする人の、受ける側の思いにまで気配りをして接近しています。一緒にいた、通訳をしているアイアトンさんを介して、助けようとしたのです。あくまで相手の尊厳を守るためにでした。球場の管理者でも、市政府の役人のようにでもなく、深く配慮してです。そのことを聞いて、そんな思いで人にアプローチをする小谷翔平の心に驚かされたのです。

 MLBの大選手としてではなく、一人の人として、今は弱い立場にある人に、それほどの心配りをする、「優しさ」や「配慮」を、自分はしてきただろうかと思い返したのです。自分の善意が、相手のプライドを傷つけずになされるようにとの、大谷翔平の心の思いの動きは、驚くものでした。

 隣国に福音を携え、お邪魔して、13年ほど過ごさせていただいた時に、イエスさまのような「心」、「優しさ」で、みなさんに接しただろうかと思い返させられたのです。

 新宿の地下道にいた家なし、親なしのあの子を、華南の街の路上で物乞いをさせられていた、あの若者を、どんな心で見ていた自分だっただろうかと思い返いさせられた昨夜でした。果たして、《きよく汚れのない宗教心を育ててきただろうか》、《心のやさしい人》となれただろうか。自分なりに心の動機を真に思いながら、さあ今はどうだろうかとも、心の中を覗き込んでいます。

(“ウイキペディア”のロサンゼルスのドジャースタジアムです)

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