Go to Nikkou !

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 日光市の山間の村落にある、温泉施設に来ています。スポーツ用品のチェーン店を経営される企業が、社員用の保養のために作られた休暇村です。山間にありますので、実に静かで、余暇を静かに過ごすには、最適な自然がいっぱいの地です。温泉があって、コロナの影響でしょうか、利用客が少なくとも、受け入れてくれてくれています。

 最寄駅への出迎えが原則なのですが、エレベーターのある駅まで出迎えていただきました。道筋に、赤や白の彼岸花が咲いたり、リスが林に走り込んだりの山道をたどって、保養所に着きました。そこで三食の賄いを受け、談話室には図書庫があって、本を読んだり、鳥の鳴く声や虫の声を聞きながら、杉林を散策したり、家内と語らいながら時を過ごしています。

 庭に栗の木があって、今朝は、栗の実を拾ってしまいました。実が小さいのですが、茹でて食べると甘いのだそうで、家に持ち帰ることにしました。キノコも出ていましたが、食用ではないので遠慮しました。

 実は、今年の正月に、4人の子どもたちが、それぞれ家族を連れて、ここを会場に、総勢14人で「母を励ます会」を持ったのです。ちょうど日曜日でもあったので、みんなでゴスペルを歌ったり、それぞれに思いを分かち合ったり、長男の司会、嫁や下の息子の奏楽で賑やかで、穏やかで素敵な家族の一時を過ごしました。

 その印象を追ってでしょうか、家内がこの保養所が気に入って、やって来たわけです。3人の男性スタッフが、家内の母親の故郷の九州の出身者で、一仕事終えて、第二の人生でしょうか、保養所を守っておられるのです。この会社の会長が、私の同窓で親しみやすさもあって、今回は3泊4日の “ Go to Nikkou “ なのです。

 昨年は、台風19号の洪水で罹災を経験したのですが、今年も台風12号が近づく中、こちらに来たのですが、上陸を避けることができ、雨量も大したことがなかったのは幸いです。

 もう、この保養所の庭の木々が、紅葉し始めています。川の瀬音も聞こえて、桃源郷とまでは言えませんが、「栗源郷」とでも言ったらよいでしょうか。今日は、近くに、ご婦人たちが始めた「蕎麦屋」があると聞き、案内してくださるとのことで、お昼に出掛けて、舌鼓を打って帰ってきたところです。

 福岡の直方(のうがた)の出身で筑後弁、長く仕事をして覚えた関西弁の交じった話をされる方が案内してくれ、鬼怒川の大きな吊橋にもお連れいただきました。あいにくの雨でしたが、秋の風情をた楽しむことができました。

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友、真理

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 「万有引力」を発見したアイザック・ニュートンが、次の様なことを言っています。

『プラトンは私の友、アリストテレスは私の友。しかし、最大の友は真理である(Plato is my friend, Aristotle is my friend, but my best friend is truth.)!』
  
 ニュートンは、大英帝国のヨークシャの出身で、未熟児で誕生し、体は小柄で、病弱な幼少年期を過ごしています。トリニティ・カレッジに入学して学び始めますが、当時、ヨーロッパに「ペスト」が、数度目の大流行期を迎えていました。学校が休校になってしまいます。その18ヶ月の間、帰郷を余儀なくされたニュートンは、家に籠ることが幸いして、「微分積分」や「引力」の研究に没頭することができたのです。

 将来の研究の基礎を築くことができたと言われています。科学者は、自然界に働く原理と出会うのですが、不変の「真理」の探究に励み、その「真理」を、生涯の友としたのは、素晴らしいことだったわけです。科学する人の究極の関心は、その「真理」の探求なのかも知れません。

 明哲のプラトンやアリストテレスを、ニュートンが《友》と呼んだのも、驚くに当たらないのでしょう。プラトンの哲学は、普遍的で完全な真実の世界を思弁によって認識しようとする哲学だと言われました。また、アリストテレスの哲学は、人間の霊魂が、理性を発展させることが人間の幸福であると説いた(幸福主義)と言われています。ニュートンは、この二人の友から学んで、「真実(真理)」を、自分の友と呼んだのです。

 順天堂大学病院で、「がん哲学外来」を担当する、樋野興夫(ひのおきお)医師がおいでです。「癌」を、病理で捉えるだけではなく、「哲学」によって捉え直して、がんを病む人たちが、死を待つだけの日々から、残された日を意味あるものとして、積極的に生きることを勧めています。次の様なことをおっしゃっています。

 [『最も剛毅なる者は、最も柔和なる者であり、愛ある者は勇敢な者である』とは「高き自由の精神」を持って医療に従事する者への普遍的な真理であり、「他人の苦痛に対する思いやり」は、医学・医療の根本であると考える。「科学としてのがん学」を学びながら、「がん学に哲学的な考え方を取り入れていく領域がある」との立場に立ち、『がん哲学』が提唱されるゆえんである。そこには、「考え深げな黙想と真摯な魂と輝く目」が要求される。この風貌こそ、現代に求められる「がんに従事する者の風貌」ではなかろうか。『何かをなす( to do )前に、何かである( to be )ということをまず考えよ』ということが大事になってくる。]

 この方の著作を、友人に紹介されて、がん治療をしている家内が読んでいます。この樋野医師が、新渡戸稲造や矢内原忠雄の思想的な感化を受けておられて、人間理解が深い方なのです。その様な彼が、「まちなかメディカルカフェ」と言う、患者と家族と医療従事者とボランティアの交流会を始めらておいでです。今では全国に多くの交流会があって、栃木県の宇都宮にもあります。

 昨年暮れに、家内を連れて、その月例会に参加しましたら、歓迎されて、続けて参加をしたのですが、コロナ騒動の中で、カフェを開くことを避けて、ネット上の交流会に、今は変わっています。自分の抱えている病を、医師との問答を介して捉え、ボランティアの助けで同病のみなさんと励まし合いながら、日常を語り合いながら時を過ごしています。1月26日のカフェの様子を次の様に報告しています。

 『暖冬の影響なのか道端では早くもオオイヌノフグリが咲き始め、春の足音が聞こえ始めました。

 1月のカフェには相談者16名(初参加3名)、スタッフ22名、見学者2名が参加しました。初めて参加された女性はがんになっても自分には夢があると話され「地元でこのようなカフェを開きたい!自分にはまだ世の中に役立つことができると思っている」と大変力強いメッセージをくださいました。

 
 昨年、母様をがんで亡くされた女性は「母を亡くしてグリーフケアに興味を持ち、自分も何かできるのではないか」とカフェに参加されました。

 
 また、高校一年生の女子学生は、お友達のお母さんががんで何も食べられなくなった時に、食欲のない時にも食べられるようにと自分で考えたカラフルな琥珀糖の飴を可愛いレシピと共に持参し、皆さんに配ってくださいました。最近の中高生は世界に通用する才能を発揮する子もいますが、他人への思いやりと行動力には驚くばかりで、感激しました。
 クールダウンはスタッフによるストレッチ。心も体もほぐれて笑顔で終了いたしました。』、諦めや運命だけで、病を捉えずに、残された日々が輝く様にと願っています。』

 そうですね、ニュートンに倣って、「真理」を友として探求し、永遠不変の天然の理念、人の世の真実を尋ね求めて、健やかでも病んでいても、一日一日を、人生の「基礎研究」をしたり、もう少し哲学的な思考をしながら、意味あるものにして生きて行きたいものです。

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