今がどのような時か

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 父に教えられた句に、次のようなものがありました。

 桐一葉 落ちて天下の 秋を知る

 さしもの暑かった夏は行き、暦は秋になっても暑さが和らがず、やっと今朝になって、寒さを感じられるようになり、「やっと」を思わせる季節が巡ってきたようです。家のベランダから見える、知人の庭の木の葉が落ちては掃き、落ちては掃きが繰り返されるようになりました。

 わがベランダも、白と紫の桔梗も咲き終わり、サンパラソルがしぶといように花をつけ、まだ蕾が二つほどあります。撫子も盛りがすぎて、遠慮がちに咲き、ペチュニアだけは元気に咲き続けています。盛りの時季を終えて、冬を見据えた秋の到来です。

 わが家に、女の子が二人与えられましたが、昔の人は、誕生と同時にでしょうか、桐の苗木を植えるのだと聞きました。大きく育った桐の木で、タンスを作って、娘の嫁入りに持たすためだとかでしたが、庭などない家にばかり住み続けた我が家では、そんな風流な風習を真似ることもできずに、嫁がせてしまいました。

 秀吉の家紋は、この桐でした。天下を手中におさめた豊臣秀吉の治世も、桐の葉が落ちていくように、終わりかけているのを、上のような句にしたのが、豊臣の武将の片桐且元だそうです。秀吉の配下で、朝鮮出兵にも遣わされた人ですが、最後には、家康についたのです。

 天下の移り変わりに即応して、難しい時代を生き抜いたのでしょう。家老職までこなしながらも、身を転ずるのは、あの時代では珍しくなかったのでしょうか。時を読むことができ、一族の将来を思いながらの決断を、且元はしたのででょう。

 パウロが、「時」について、次のように記しています。

 『あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行いなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。 夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。 遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。(ローマ131113節)』

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 一昨日、次の讃美歌(21 575)、「球根の中には」を聴きました。

球根の中には 花が秘められ、
さなぎの中から いのちはばたく
寒い冬の中 春はめざめる
その日、その時をただ神が知る

沈黙はやがて 歌に変えられ
深い闇の中 夜明け近づく
過ぎ去った時が 未来を拓く
その日、その時をただ神が知る

いのちの終わりは いのちの始め
おそれは信仰に、死は復活に
ついに変えられる 永遠の朝
その日、その時をただ神が知る

 そうですね、「日」と「時」を、知っておいでの神さまが、すべての日と時とをご存知なのです。

 織田、豊臣、徳川と移り変わった時代の流れと、その動きの激しさは、今も同じで、世界中から叫び声が上がっています。戦争と戦争の噂や話題がふえ、国と国、民族と民族の対立が激化しています。人心が乱れ、犯罪が凶悪化し、恐れと不安が満ちています。どんな時代なのかを読んで、「光の武具」で身を纏うように、パウロは勧めています。

 私たち、二十一世紀を生きている者も、目を覚まさないといけないに違いありません。だからこそ、「昼間らしい、正しい生き方」をする必要がありそうです。ソドムから出て、光の中で生きることでしょうか。

(霧の花と葉、球根です)

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