何が起ころうとしているのだろう

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” Le Prophète Ézéchiel”, pierre noire et sanguine (H. 46 cm ; l. 38 cm) de Pierre Paul Rubens réalisée vers 1601-1602, appartenant au musée du Louvre département des Arts graphiques (INV 20231). Photographie réalisée lors de l’exposition temporaire l’Europe de Rubens au musée du Louvre-Lens.

 

 昨日、市指定のゴミ袋を買いに行きました。いつもある棚には見当たりませんでした。それで印刷のない無地のビニール袋を買ってきたのです。イラン戦争の影響で、原料が輸入できない事態での窮余の一策のビニール袋です。

 今年の2月28日に、アメリカとイスラエルによる攻撃で、イランとの戦争が開始されました。そのニュースを聞いて驚いた私は、聖書の「エゼキエル書」が記す、「ゴグとマゴグ」の記事を、強烈に思い出させられました。この「ゴグとマゴグ」についての預言が、エゼキエルによって語られ、そして記されていて、今、注目されているのです。

 エゼキエルは、主なる神さまの預言者で、主のことばを語るだけではなく、生活を通して預言者として生きた人でした。ケバル川のほとりで、その務めの召命を受けています。「エゼキエル書」の前半の24章までは、偶像崇拝や異教徒との姦淫などの不信仰や不貞の行いを警告し、裁きが下される旨を告げています。32章までは、エジプトなどの周辺諸国への預言が語られます。40章からは、神殿の再建や礼拝の規定、将来の国家への規則などが語られます。

 面白いのは、「エゼキエルパン」の規定です。今回のハワイ訪問で、長女がこのパンを買ってきてくれたのです。エゼキエルに食べるようにと、主が言われ預言者として食べたパンでした。

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『あなたは小麦、大麦、そら豆、レンズ豆、あわ、裸麦を取り、それらを一つの器に入れ、それでパンを作り、あなたがわきを下にして横たわっている日数、すなわち、三百九十日間それを食べよ。(エゼキエル4章9節)』

 神のことばを伝えると言うことは、そんなに厳粛で、過酷なことであるのです。人として容易なことではありません。神さまは、エゼキエルの、その務めを任じるために、預言者として召されたのです。間も無く、エルサレムは、バビロンによって包囲されてしまいます。その預言のために、地図を描くように、エゼキエルに言います。

 まず左脇を下にして、390日の間横たわるように言われました。それはイスラエルとユダの罪のために、その刑罰として、捕囚に引かれる刑罰を受ける年数を示してい ます。それで、右脇を下にして40日横たわるように言われます。1日を1年として計算した年数が捕囚の年数です。これはエルサレムの滅亡の預言を示しています。全期間が終わるまで、寝返りも打てないように命じるのです。

 その初めの390日間は、小麦、大麦、そら豆、レンズ豆、あわ、裸麦でパンと作るように。しかも1日1食、230gほどでした。そう食べるように言われたパンは、みんなの見ている前で、「人糞」で焼くように言われ ます。そうできないエゼキエルが、主に訴えると、「牛糞」で焼くことが許されます。それは、やがて、捕囚として引かれている国、バビロンで汚れたパンを食べることの預言でした。娘が『毎日、1リットル半飲んで!』と言うのですが、エゼキエルは、水を1日に、1リットルだけ飲むようにとも言われるのです。

 自称の預言者はたくさんいるそうです。主に任命された預言者も、この21世紀にも、牧師がいるように、預言者もいるはずです。預言者と言う職務を与えられたエゼキエルに、どのような務めに任じられてるかを知ったら、誰も自分が預言者などと自称したり、他称させて、大きな会場の講壇を、右左に走って、腕を大きく振るって、声高に預言したりはしないでしょう。真の預言者は生活で預言しなければならないのかも知れないのです。

 主は、エゼキエルの結婚生活についても預言しています。

『「人の子よ。見よ。わたしは一打ちで、あなたの愛する者を取り去る。嘆くな。泣くな。涙を流すな。 声をたてずに悲しめ。死んだ者のために喪に服するな。頭に布を巻きつけ、足にサンダルをはけ。口ひげをおおってはならない。人々からのパンを食べてはならない。」 その朝、私は民に語ったが、夕方、私の妻が死んだ。翌朝、私は命じられたとおりにした。 すると、民は私に尋ねた。「あなたがしていることは、私たちにとってどんな意味があるのか、説明してくれませんか。」 そこで、私は彼らに答えた。「次のような主のことばが私にあった。 『神である主がこう仰せられるとイスラエルの家に言え。見よ。わたしは、あなたがたの力の誇りであり、あなたがたが愛し、心に慕っているわたしの聖所を、汚す。あなたがたが見捨てた息子や娘たちは剣で倒される。 あなたがたは私がするとおりすることになる。あなたがたは自分の口ひげをおおわず、人々からのパンを食べなくなる。 頭に布を巻きつけ、足にサンダルをはき、嘆いたり泣いたりしないようになる。ただ、自分たちの咎のために朽ち果て、互いに嘆き合うようになる。 エゼキエルはあなたがたのためのしるしとなり、彼がしたとおりを、あなたがたもするようになる。このとき、あなたがたは、わたしが神、主であることを知ろう。(エゼキエル24章16~24節)』

 このように苛酷な任務が、預言者にはあります。もう一つ、驚くべき預言があります。「ゴグとマゴグ」の預言です。

『それゆえ、人の子よ、預言してゴグに言え。神である主はこう仰せられる。わたしの民イスラエルが安心して住んでいるとき、実に、その日、あなたは奮い立つのだ。 あなたは、北の果てのあなたの国から、多くの国々の民を率いて来る。彼らはみな馬に乗る者で、大集団、大軍勢だ。 あなたは、わたしの民イスラエルを攻めに上り、終わりの日に、あなたは地をおおう雲のようになる。ゴグよ。わたしはあなたに、わたしの地を攻めさせる。それは、わたしがあなたを使って諸国の民の目の前にわたしの聖なることを示し、彼らがわたしを知るためだ。 神である主はこう仰せられる。あなたは、わたしが昔、わたしのしもべ、イスラエルの預言者たちを通して語った当の者ではないか。この預言者たちは、わたしがあなたに彼らを攻めさせると、長年にわたり預言していたのだ。 ゴグがイスラエルの地を攻めるその日、--神である主の御告げ--わたしは怒りを燃え上がらせる。 わたしは、ねたみと激しい怒りの火を吹きつけて言う。その日には必ずイスラエルの地に大きな地震が起こる。 海の魚も、空の鳥も、野の獣も、地面をはうすべてのものも、地上のすべての人間も、わたしの前で震え上がり、山々はくつがえり、がけは落ち、すべての城壁は地に倒れる。 わたしは剣を呼び寄せて、わたしのすべての山々でゴグを攻めさせる。--神である主の御告げ--彼らは剣で同士打ちをするようになる。 わたしは疫病と流血で彼に罰を下し、彼と、彼の部隊と、彼の率いる多くの国々の民の上に、豪雨や雹や火や硫黄を降り注がせる。 わたしがわたしの大いなることを示し、わたしの聖なることを示して、多くの国々の見ている前で、わたしを知らせるとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。」(エゼキエル38章14~23節)👉「ヨハネの黙示録20章」』

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 イスラエルが、北からの大軍隊によって攻撃されたり、大きな地震が起ったり、疫病が蔓延したり、豪雨が起こったり、火や硫黄が降ったりすると言う預言です。どうも人類史上、最悪の事態の到来があると言うのです。

 2023年10月7日に、ハマスがイスラエルを攻撃した「イスラエル戦争」が始まった時、この預言の「ゴグとマゴグの戦い」の前哨戦が始まったと思いました。どう言う風になっていくのでしょうか。神の預言は、必ず起こります。そんな動きの中で、この事態の主役は、「わたし」と言われる主なる神さまなのです。

 だから、今後、何が起こっても、恐れないでいましょう。『恐るな。』とおっしゃる主に目を向け、この時代を見守っていきましょう。私に聖書を解き明かしてくださった宣教師さんの最後のレクチャーは、「エゼキエル書」の解き明かしでした。エゼキエル書には、『主のことばを聞け!』と10回あります。

(“ウイキペディア”による預言者エゼキエル、エゼキエルパン、イスラエル国花アネモネです)

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