家族


 『正し人間関係は、あなたの父親へのイメージの健全さからのみ来ます!』と、私に教えてくださった方がいました。それは次のように言い換えることが出来ます。『自分を生んだ父親との関係の有無や良否によって、私たちの人間関係の健全性が左右され、人間への信頼を決定する!』ということでしょうか。[社会学」という学問の分野がありますが、簡単に言いますと、「人間関係学」と言うのだそうです。これまで沢山の方と出会ってきましたが、それらの方々を二分することができるのではないかと思うのです。もちろんに、人間は様々に個性を持っていますから、どだい二分するなどということは、出来かねることかも知れませんが、あえて二分してみたいのです。1つは、一緒にいて居心地がいい人です。この方がお金を持っているからとか、社会で有名だからというのではありません。肩が凝らないで、忌憚なく何でも話ができ、別かれて後も、清々しさが残る人のことで、『ぜひとも、またお交わりをしたい!』と願ってやまない人であります。

 そういう方が静岡にいて、よく車を飛ばして出かけて行きました。アメリカ人でしたから、腹の底から言葉で話し合うといったことはできませんでしたが、片言で交わりをして、どんなに励まされて家に帰っていったことでしょうか。私より20歳位年上で、同じ月の同じ日の誕生日でした。太平洋戦争の折には、日本軍と戦ったことのある兵士でしたが、『こんなに柔和で謙遜な方に会ったことがない!』と思わせてやまない方でした。今の私の年齢には召されてしまいましたが、今でもときどき、この方を思い出します。

 もう一種類の人は、別れて、また会いたいとは決して思わない人です。毛嫌いしているわけではありませんが、お交わりをしても楽しくないし、何かこの方といるのが無駄なように感じてしまうのです。私は、そんなにはっきり人を分別しているわけではありませんが、二分せざるを得ないとするなら、どうしてもこう言った人を思い出してしますのです。こう言う方は、きっと彼のお父さんと何か問題やしこりを残しながら育ったのではないかと、思ってしまうのですが。これが、意外と当たっているのです。

 現代の家庭は子どもたちが健全に成長して行くには、考えられないほどの問題を抱え込んでいるのではないでしょうか。大人になりきっていないだ男女が恋におちて、家庭を持ちます。生まれてきた子たちを育てきれないのです。そういった方々が、やがて離婚し、家庭が崩壊してしまいます。最近、よくニュースで報じられる肉親や母親の恋人による虐待等が頻発しています。こういった社会現象は、世界中でみられています。多くの家庭が、家庭としての機能を果たしていないのです。父親のいない家庭、父親が父親としての務めを果たしていない家庭が多くあります。父親像のモデルの欠落、父親がいてもモデルにならない父親がおいでです。以前、家庭裁判所に行きましたとき、一人の相談員とお話をする機会がありました。彼は母子家庭に育ったのですが、お母さんがしっかりと自分を育ててくれたのだそうです。『母子家庭で育った子どもたちが、みなだめになってしまうのではないのです。お母さんが、その子どもの親であり続けるなら、子どもは健全に成長できます!』と自分の経験を、そう話してくれました。実に謙遜な方で、人を大事にする方でした。

 ある夏休み、海水浴のために国道を南下して静岡県下に入りました。下り坂でしたので、車はスイスイと走って制限速度をゆうに超えていました。突然、人が旗を振って道路に飛び出して来たのです。初め、『だれだろう?』と思いましたが、真昼間に、大胆に旗を振って国道に出てこれるのは、警察官以外には考えられませんから、もちろん警官でした。4人の子どもたちを乗せた車で、私は速度違反で切符を切られたのです。交通違反をしたお父さんは、もう彼らの理想のモデルのお父さんでは無くなっていました。父親失格でした。ところが、『お父さんは悪くないよね!』と、子どもたちが同情してくれました。警察官の権威でさえ怖がらずに、父親の弁護に回ってくれたのです。あれから25年ほどが経ちますが、今でも、彼らは、『お父さん!』と呼んで尊敬を示していてくれるのです。子どもたちが独立してしまって後、家内と二人で、あの地点を走っていました。その時、あの恥体験を思い出したのです。それを、悟ったのか、家内はニコニコした顔を、私に向けていたのです。

 『本当に良い父親だったのだろうか?』、今でもそんなことを考えています。初めての父親をさせていただいて、失敗は多かったのですが、人を大切にしてきたことだけは、彼らに分かっているのではないかと自負しています。《良い態度で人に接せられる人になること》、これは私が彼らに願ってきたことであります。そんなことを考えていましたら、親爺の顔やそぶりが思い出されてきてしまいました。人として生きることも、「社会学」の基礎も、どうも家族関係にあるに違いありません。それほど、家族は重要な社会関係であります。

(写真は、家族のイラストです)