小言

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 〈母の小言〉、言われたことがありますか?叱らない母でしたので、私には、その記憶がありません。人生の教訓を学んだことはあります。学校出立てで働いていた職場で、上司に躓いた時のことです。「雅ちゃん、人を信頼し過ぎてはいけません!『鼻で息をする人間をたよりにするな』ということを聞いたことがあるわ!」と、母は諭してくれたのです。きっと、母似の私の弱さを知っていて、そう言ってくれたのですが、母もまた人を信頼しすぎてしまった経験があったに違いありません。だれもが高等教育を受けられない時代に生まれ育った母でしたが、驚くほどの知恵があったことを思い出します。

 あるお母さんが、こんな注意を息子に授けました。三つほどの教訓です。1つは、「あなたの力を女に費やすな!」と教えました。この年まで生きてきて、女性で、人生を棒に振ったり、家庭を壊してしまったり、連れ添っていながら口も聞かない夫婦が多くいるのを見てきました。その反面で、この凶暴で無遠慮な敵に屈しなかった男たちも知っています。津浪のように襲いかかってくるのですが、確りと身をかわしたり、漂流して助かっている人がいるのです。女が悪いのか、男が悪いのか判断しかねますが、「魚心あれば水心」と言われますから、永遠につづく戦いの領域に違いありません。ある書物を読んで、感銘を受けた私は、四国の愛媛県に、その作者を訪ねたことがありました。三十代でした。出来れば、この方の弟子にさせていただきたかったのですが、彼は私の願いを聞き流して返事をされませんでした。私の書いたものを見ていただきましたら、お褒めいただいたのですが。その彼は、「わたしは、この年になっても、女性を犯したいと思う思いと戦い続けているのです!」と言われたのです。仕方が無いとか、本能だと言って戦わない人が多いのですが、彼は戦い続けて生きてこられたことを、若い私の前で告白されたのです。母と同世代の方でしたが、そんな正直さが好きだったのです。師弟関係は生まれることなく、数年の後に、この方は亡くなられました。

 「強い酒を呑むな!」と、このお母さんは、さらに教えました。強い酒は、こころの傷んでいる者、境遇に恵まれない人、物心両面で貧し方の飲むものである。だから、辛さや悲しさや悔しさを飲んで忘れようととしている人たちに飲ませ、「あなたは強い酒を飲むな!」と言ったのです。飲み過ぎて日常の義務を忘れてしまって、人生を台無しにする人がいるからです。そんな人が、私の廻りに何人もいました。中学生の時、通学電車の中で、酔ったおじさんが、戦争体験を、くどくどと話していたのに出くわしました。「酒飲みになって、こんな鰯の腐ったような目の大人にはならないぞ!」と決心した私でしたが、実は25歳まで酒を飲み続けました。そうですね、酒を飲んで楽しかった思い出よりも、惨めさを覚えたときのほうが遥かに多かったのだと思います。放歌吟声で騒々しく、酔態を晒したことが多くありました。あの当時の私を撮ったVTRが残っていたら、恥ずかしくて見てはいられませんし、誰にも見せたくありません。

 さらに、このお母さんは、「しっかりした妻を見つけよ!」と言いました。美人で、スタイルがいいのに越したことはありませんが、〈真珠〉よりも遥かに高い価値を、女性のうちに発見して、その様な女性を妻にするように勧めたのです。このお母さんは、夫ある身でありながら、ほかの男性の子を産みました。その子は、生まれて間もなく亡くなります。彼の兄にあたりますが。お母さんは、この男に嫁して彼を産むのです。夫がいるのに、その男の誘いを拒めなかった過去を持ちますが、自分の息子には、「夫に良いことをする妻」を娶り、気品も身につけ、いつも微笑み、知恵深く語る女性を妻にするように、懇々と説くのです。「麗しさは偽りで、美しさも虚しいのです!」と言って、心を飾る女性を推薦しています。

 そういえば、母に叱られたことを思い出しました。学校に入ってから、しばらくして、「俺、美容師の学校に行こうと思ってるんだけど?」と母に語ったのです。友人が、学校の帰りに、渋谷の駅の近くの夜間美容学校に行っていて、「廣田、やってみないか!」と誘われましたので、母の同意を求めて、何となくそう言ってみたのです。そうしましたら、「雅ちゃん。男は決して女の髪などを触ってはいけません!」と強く注意されたのです。男の職業としては相応しくないし、男と女の秩序を教えてくれたのです。素直な私は、その母の一言で、その話は終わってしまいました。多感ですが、未熟な青年期にあった出来事を、思い出して、赤面の至りです。母親の小言や教訓は、万金に値するにちがいありません。

(写真は、二人の母親の前で裁きを下す「王」です)