山桜


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 小学生の時に、一駅電車に乗った隣町に、毎週のように映画を観に行った時期があります。南口を出て、すぐの交差点を左に曲がって5分ほどのところに「東映南座」という映画館があって、予告編を見ると、どうしてもまた観たくて行くのです。毎週、週替わりの二本立ての時代劇が上映されていました。同じ時期に、松竹や大映は、文芸作品を上映していたのですが、それにはまったく関心のなかった私は、チャンバラ映画が贔屓だったのです。父が、月形龍之介を知っていて、『彼の本名は門田(もんでん)と言うんだよ!』というのを聞いて、彼のような脇役の悪役スターに、何故か憧れたのです。そんなことで、父は、映画代と電車賃をくれたのですが、よく、そんな私の我儘を許してくれたものだと思い返して、自分で稼ぐようになって、半分恥じています。そうしてくれた父は、映画好きな私に何を期待していたのでしょうか。門田のような映画俳優になるように願ったかも知れませんね。

 勧善懲悪、最後に正義が、弱者が、きっと勝つのがお決まりの筋書きだったでしょうか。奉行所の役人が、『御用だ!御用だ!』と提灯を片手に登場すると、一斉に拍手喝采が起こって劇場を満たしたのです。ほとんど同じような筋書きなのに、観客一堂が感情移入していたわけです。テレビのない時代でしたし、じつに面白かった、ほんとうに上手に観客心理を掴んで作られていたのです。

 「海坂藩(うなさかはん)」、どこにあったかご存知でしょうか。山形県下にあることは確かですが、私が子どもの頃に観た映画にはありませんでした。それは藤沢周平が書きました小説の中に出てくる架空の藩なのです。いつでしたか、「山桜」を映画で観たことがあります。東映の時代劇とは全く違うのです。仇討や、正義のために剣が振るわれ、人が切られる場面もありますが、それは一部分なのです。武士の義とか忠義とは何か、妻や子や親や友人とどう関わるのか、領民の難儀をどういった目で見るか、どうしたら藩の政治や財政の窮状を救えるのか、剣や書や学問や農業、手工業、内職などが取り扱われるのです。藤沢周平自身、社会科や国語科の中学教師でしたから、歴史だけではなく倫理も踏まえて、それを世に問いたくて、江戸時代の自然の過酷な山形県下の海坂藩に起こる出来事を、詳細に描いたのです。人間味というのでしょうか、人情が豊かで、彼の作品の贔屓は多いのです。


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 藤沢時代劇の主人公は、貧農や下級武士です。読み心地というのでしょうか、観心地がいいのです。きっと最後に、《義》が勝つからです。父や母への正しい子の態度、家族への互いの労り、暖かな家庭、篤い友情、剣の達人で義を愛する先輩への憧憬と敬意、主君への忠義、貧しい農民への同情、不正を憎み、富ではなく愛を優先し、淡い恋、美しい自然、季節の移り変わり、そういった描写がいいのです。東映時代劇にない、しっとりした心や休まる自然があり、いぶし銀のような人間がいて、実に落ち着くのです。標準語しか話せない私には、海坂弁でしょうか、東北弁がいいですね。時代考証もいいのだと思います。人情の深さや機微を感じさせてくれるのも感動ものです。もう感情移入はしませんが、時代劇の観劇で義を学ばされてきた私にとっては、義に立つ人に感動が来て、涙さえ流れてきました。
 
 何時か海坂藩の城下町に行ってみたいと思っています。時期は、桜の時期がいい。近くに温泉があったら、もっといいのですが。ああいった山並み、野面、川、池、田畑は、大震災の後も残っているのでしょうか。人も自然も被害を被ったのですが、きっと岩手や宮城や茨城や福島の海坂藩の城下町も、美しく復旧されることと信じております。ガンバレ海坂藩!

(写真上は、海坂藩・下級武士の「食膳」、下は、「山桜」です)