『気をつけ!』、『前にならえ!』、そして『休め!』という先生の号令をかけられて、運動場で整列した日がありました。 これから私が号令をかけますから、みなさんやってみて下さいますか。『休め!』、みなさんはどうされますか。今でも、立っていて、少しつかれてくると、学校で身につけた、『休め!』をしている自分に気づきます。ところが今どきの子どもたちと、私たちの時代の『休め!』とが違うのです。今の子供たちは、両足を開いて、歩幅をとって、腰の後ろの手を回して組んでいます。ところが、私たちがした『休め!』は、右足を斜め右前に出すのです。どちらかで、世代の違いがわかるのです。
私たちは、校庭に並んで全校朝礼が行われ、ラジオ体操が行われた時に、軍隊式の姿勢を求められたのです。兵士は、左肩に銃をかけていますので、その銃が斜めにならないために、右足を出すわけです。ところが、平和の時代の今日日の子供たちは、軍隊式の姿勢ではなく、スポーツマン式でしょうか、欧米式なのでしょうか、その『休め!』をしているのです。いつ頃、そういうふうに変わったのでしょうか、知りませんでした。
戦争放棄を掲げた「憲法」が交付されても、学校教育の中には、まだ軍隊方式が残されていて、同じように、していた時代に教育を受けたわけです。そういった点まで徹底して改められていなかった時代だったわけですね。私たちの年齢の人の行動を注意深く眺めていますと、男の人たちは、右足を右斜め前に出して休んでいるのを見かけるのです。
としますと、我々の後の時代というのは、平和を希求した時代、平和を享受した時代だといえるのでしょうか。今回の帰国中に、欧米式の『休め!』の中で教育を受けてきた次男と話をしました。『これまでの戦争は、国の指導者が宣戦布告をして戦争が始まった時に、若者たちが戦場に駆り出されて、何も個人的に恨みのない相手国の、同じ若者に向かって銃器を用いたけど、それは不公正だと思う。これから、もし戦争が行われるとしたら、政治や軍隊の指導者たちが銃を撃ち合えばいいよね!』と彼が言うのです。実に面白い発想だと思ったのです。
女子サッカーの「なでしこ」の宮間あや主将が、アメリカのジャーナリストから賞賛されている記事が、先ごろありました。今回のロンドン・オリンピック準決勝で、フランスと対戦して日本チームが勝った時に、「なでしこ」の中で、宮間主将だけが、その勝利を喜こぼうとしないで、フランスチームのカミル・アビリー選手に歩み寄り、彼女の肩を両手でそっと押さえ慰め、ねぎらいの言葉をかけていたのです。その様子を撮ったのが、このブログに貼りつけた写真です。この記事を掲載したのが、米NBCニュースのウェブサイトでした。同社のナタリア・ヒメネス記者は、『試合後に双方が握手やハグで互いに健闘をたたえることはあっても、相手側の選手を慰めるシーンはめったに見ることはできない・・・数分前まで死闘を演じた後、勝者は敗者をいたわり、敗者もまたそれを受け入れている。精根をかけて戦った後、このオリンピアン(宮間選手)は真のスポーツマンシップを見せてくれた!』と報じているのです。
エコノミークラスでロンドンに出かけて行った「なでしこ」、その宮間あや主将の姿を、アメリカでは、『これが日本の文化だ!』と言って賞賛していました。チームメートの大儀見優季選手は、あやキャプテンのことを、『ただ単純にほっとけないなと思って。何も声はかけてあげられなかったけど、側にいる事しか出来なかった。まあそれをあやがどう感じたかはわからないですけど、側にいた事で自分自身の想いってのは伝えました・・・ あやがピッチにいなかったら、成長していく事も出来なかった。だからあやの存在自体そのものが、ん~なんていうか、自分にとっての宝物・・・大切なものです」!』と評しているのも圧巻です。
こういった精神というのは、スポーツばかりではなく、社会全体が停滞しているかに見える日本が必要としていることなのでしょう。平和の時代に育った若者が、こんな素晴らしい心と態度を持っていることを知って、『まだまだ日本は大丈夫!』と思わされ、両足を左右に開いて、〈休め〉をすることにしました。