浅草を舞台に

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 「憧れ」、男の子には、英雄が欲しいと言う、強烈な願望があるようです。かく申す私は、幼い日の自分の英雄は、父親でした。一緒に遊んでくれ、お土産を持って帰っては食べさせてくれ、世の中の情報を、子どもにも分かる様に伝えてくれたのです。さらに歴史上の実在の人物、さらに小説や映画の主人公も、英雄になったのでしょうか。

 1966年1月13日、正月が終わった、成人の日の二日前に、「日本残侠伝 唐獅子牡丹」の映画が封切られました。それから間もなくして、同級生に、『どうしてもお前と観たいから一緒に行こう!』と誘われて、その映画を、新宿で観たのです。

 その映画の舞台は、江戸から引き続く日本最大の繁華街、浅草でした。その街に生まれ、義理と人情で、お袋さんを悲しめている博徒で、街の悪と決然として闘う花田秀次郎を、高倉健が演じていました。映画の挿入歌が、次の様に歌っていました。

♬ 浅草(エンコ)生れの 浅草(あさくさ)育ち
極道風情(ごくどうふぜい)と いわれていても
ドスが怖くて 渡世はできぬ
賭場が命の 男伊達(おとこだて)
背中(せな)で呼んでる 唐獅子牡丹 ♫

 映画館は、男ばかりで、大盛況でした。決して自分ではならないだろうし、過ごさない架空のout law の世界、ヤクザが大活躍する物語でした。それでも勧善懲悪で、弱きを助ける潔さは、スクリーンに溢れて、秀次郎を、全観衆が固唾を飲んで見守っていたのです。その小気味の良い姿に圧倒されたのです。

 自分が社会人になった年が、1967年でした。その頃も、世は上げて、と言うよりは、当時の学生たちも、高倉健が演じたヤクザの秀次郎を英雄視し、義理と人情の世界で、悪と戦う映画を観て大喝采を上げたのです。その中に、全共闘の東大生がいたのです。

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 1968年に行われた「東大駒場祭」のポスターに、こんな文句が添えられていました。

『とめてくれるなおっかさん、背中のいちょうが泣いている。男東大どこへ行く!』

 映画で演じた秀次郎の背中に、その唐獅子牡丹のイレズミがありました。その模様を、銀杏の葉に替えて、在校生の橋本治がコピーを、そう添えたのです。まさにヤクザと東大生のミスマッチがよかったのでしょうか、大いに世間受けしたわけです。

 2014年に、83歳で病没した高倉健は、今では、10年も経つというのに、まだ人気は衰えていません。ヤクザにはなろうとは思いませんでしたが、「あんな漢(おとこ)」に憧れたのです。われわれ世代の多くが、この人に、この人の演じた主人公に、好印象を持っていたのでしょう。ヤクザ映画の主人公を降りて、検事を演じた高倉健の映画、「君よ憤怒の河を渉れ」がありました。

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 1978年、文化大革命が収束し、改革・解放政策のもと、中国全土で、最初に上映が許されのが、この映画でした。中国では、「追捕」という名で上映され、中国のみなさんの半分が観たのだそうです。日本への憧れ、出演の日本人俳優、東京のビル群、日本の繁栄を見て、その火が燃え上がったわけです。

 滞華中のある年の師走の時期、ちょうど今ごろでしたが、華南の街の大公会堂で、「第九」の演奏会が開かれたのです。そこに招待してくださった大学教授は、『杜丘冬人を知ってますか?』と、私に聞いてきました。自分は知りませんでした。高倉健が演じ、ヤクザではない「検事」の名前だったのです。『私は青年期に、この映画を3回も観ました!』と、この方が言っていました。中国人社会で、山口百恵と並んで、最も有名な俳優になったのです。

 この高倉健の様にはなれませんでしたが、彼に負けなかったことがいくつかあります。彼は正式の奥さんと離婚し、正式な子どもがいなかったのですが、自分には、神さまからいただいた奥さんが一人いて、五十数年も共に過ごし、四人の子どもと、そして四人のマゴ兵衛がいることです。

 この高倉健は、名優であるばかりに、フアンのイメージを壊さないでいたいと、人を楽しませ、喜ばせたのですけれど、自分はずいぶん不自由な人生を生きたのかも知れません。いつか子どもを相手にするテレビコマーシャルを見ていましたら、高倉健が、子どもが好きだった様子がうかがえたのです。子を持てない寂しさがあったのだろう、と思ったことがあります。大スターの悲哀でしょうか。

 凡々たる人生、無名無冠、それでも生かされた感謝を覚えて、子どもの頃に母の祈りによって、福音の種が、思いの中に蒔かれ、青年期に信じられた神さまに、救い主イエスさまに、自分が感謝できる今が、老いても、弱くなっても最高な今なのです。

(ウイキペディアの浅草の浮世絵、ゲーテの詩に添えられている銀杏の葉、百度の「追捕」の画面です)

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