病室名主

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 『われらが年をふる日は七十歳にすぎず あるひは壯やかにして八十歳にいたらん されどその誇るところはただ勤勞とかなしみとのみ その去ゆくこと速かにしてわれらもまた飛去れり。(文語訳聖書 詩篇90篇10節)』

 病院の外来模様について、先日投稿したのですが、私は、家の近くに、掛かり付け医がいます。このお医者さんに決めた理由が、いくつかあるのです。病院の壁に掲げてある絵が unique で、それは、イギリスの人気画家、マッケンジー・ソープ(Mackenzie Thorpe )の描いたもので、「希望」、「愛」、「喜び」を伝える画家だそうです。とても貧しい幼児期を過ごしたそうで、その幼い日々の慰めは、絵を描くことだったのです。そんな背景や思いの画家の好きな医師を知って、私は安心したわけです。

 また通院日に、早めに参りましたら、駐車場の周りに植えてある花壇に水遣りをしておいででした。私が、自転車で来院したことを知って、ホースの水の栓を止め、そままにして、医院の裏の入り口から入って、カーテンを開け、テレビにスイッチを入れ、病院の玄関を開けてくれたのです。定刻時前でしたから待たせればいいのに、わざわざそうしてくれたのです。

 もう一つは、待合室に自分で出て来られて、患者の名を呼んで、一緒に診察室に案内をしてくれるのです。そんな経験がなかったので、嬉しくなったこと、そんなことがあって、「主治医」をお願いして、昨日も、雪の中を、長靴を履いて出かけたのです。

 目を向けて顔も見ないで、書類や計器の数値ばかりを見ている医者もいます。そんな中で、みんな資格を持った技術者や医療者も、ただの人なのですね。人当たりのよい方もいますし、そうでない方もおいでです。《赤ひげ先生》もいれば、ヤクザまがいの方もいるようです。だから患者は、好い方を選べばいいわけです。

 そう言った安心感があって、診察をしてもらうと、きっと治癒力も上がってくるのではないでしょうか。

 それで、久しぶりに、昨年の11月に入院生活を一週間しました。それで、入院にまつわる母の話をしてみたいのです。私が高校二年生の時に、母が、ダンプカーの車輪のボルトに、両足が触れて、大怪我をしたとがありました。担ぎ込まれた街の医者の応急手当てが悪くて、細菌のために切断の危険性がありました。それで、隣町の共済病院に転院して、一年近く入院生活をしたのです。

 その入院生活の病棟は長期入院患者たちがいて、母の病室には、10人以上がいたでしょうか。そこには、「病室名主」、あの「牢名主」と同じで、親玉がいたのです。取り巻きの子分患者たちがいて、仲間になって、新入りの患者に干渉し、いじめるのです。内科病棟だったのでしょうか、外科の母も、長期だったので、そこにいたわけです。

 母は我慢強くて、意に介さない強い心を持っていたので、馬耳東風で、聞き流していたりしていたのです。古い入院患者には、もうお見舞い客が少なく、稀にしかなかったのですが、私は、毎日のようにバスに乗って、母のもとに出かけ、父が作る「野菜スープ」」などを持って見舞ったのです。それも気に食わない名主が、陰険にいじめていたのです。

 長期入院で、治る見込みのない患者さんは、気も塞ぐし、否定的なものの考え方をし、暇に明かして新参者をいじめる、その心理は分かるのですが、その当事者は溜まったものではないわけです。そんな病室で、お湯をくんで、母にタオルを渡し、母の体拭きの助けをしていたのです。そう言った妬みもあって、やはり病室の社会というのは独特でした。

 怪我などで、何度も自分が入院したのは、多くが外科病棟でしたから、回復に望みがあって、明るかったのです。とくに札幌の整形外科に入院していた時には、道内のあちこちから来ている方たちばかりで、子どもの頃の話や仕事の話など、食事に時は花が咲くほどでした。夜中になると、こそっとカップラーメンをいただいて、『これって美味いんです。どうぞ!』で二、三度ご馳走になったり、見舞客からいただいた食べ物のお裾分けもあったり、まあ和気藹々でした。

 それでも、いじめられて、病室を移って来た方がいて、励ましたり、慰めたりもあったでしょうか。土地の世話をするから、近くに越してくるように、強く勧める方もいたりでした。

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 さて昨年11月には、心房細動(不整脈のことです)が原因で、脳梗塞を起こして、家内の入院した同じ獨協医大病院に入院したのです。処置が早かったために一週間の入院でした。『もう来ないでください!』と看護師さんに言われ、『来ないで済むように注意します!』と笑って返したのです。

 今月に入って、その折の入院治療費の総額を、県後期高齢者医療広域連合から知らせて来たのです。89万円でした。驚くばかりの高額だったのです。保険制度がなかったら、大変だったのに、一割負担で済んだのにも驚きます。そうしましたら先日、高額医療費の申請を、市役所でするようにと連絡が来たのです。それで、市役所に出向いて、手続きを済ませましたところです。支払った分が返ってくるようです。

 そうしましたら、市の健康福祉センター(保健所です)の一人の婦人職員から電話がありました。『先週、お受けになられた「検診」の結果で、緊急にお知らせしたいことがあるのでお邪魔したいのですが?』と言うのです。担当医師の指示で、「精密検査」の必要を伝えに来てくれたのです。実は、雪の昨日、ちょっと心配でしたので、電話を入れて急遽、主治医の診察を受けたばかりだったのです。『異常はみられないので、様子をみましょう!』との診察でした。そんな保健所が知らせをしてくれるのにも驚いたのです。次回の通院の折、精密検査を大きな病院でしたいむね、相談してみるつもりでいます。

 もう、ラジオ体操のみなさんとの話題も、同世代ですから、病気や医者や薬、健康食の勧めなどで溢れています。病気と無関係な若い世代が、どなたにもあったのですが、もうそれは戻ってはきませんし、あちこちボロが出てきている、そんな世代になりました。この心臓ですが、生まれてから動き続けて、今に至っているのは、驚くばかりです。主治医は、『もう八十に近いんですから!』と、老いや病と仲良くやっていきなさいと勧められているこの頃です。

(ウイキペディアによるマッケンージ・ソープに出身地イギリスのヨーク地方の風景、心臓です)

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